空の手紙

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僕が小学生になる年の春、大好きだった爺ちゃんが亡くなった。 家族は「せめて健太のランドセル姿を見せてあげたかった」と泣いていたが、幼かった僕には『死』というのが何かわからなかった。ただ、爺ちゃんにはもう二度と会えないと言われた時、暴れて号泣したのだけ覚えてる。 あるとき、そんな泣いてばかりいた僕に、婆ちゃんがレターセットをくれた。空色の便箋と白い封筒、青い切手のセットだった。婆ちゃんは 「これに手紙を書いて出してごらん。爺ちゃんから返事が来るよ」 と言った。幼かった僕はそれを信じて、覚えたての字で必死に手紙を書いた。 2日後、返事が返ってきた。 その返事の手紙は、僕が1人でも読めるよう全部平仮名で書いてあった。僕はそれを無邪気に喜んで、何度も何度も繰り返し読んだ。 そして、何度も何度も手紙を書いた。 返事の手紙は決まって2日後に返ってきた。それについて婆ちゃんは 「爺ちゃんは生真面目だったからね。健太からの手紙を早く返さなきゃって張り切ってるのね」 とコロコロ笑った。 あれから8年が経った。中学生になった、今の僕にはわかる。あの手紙は爺ちゃんからのものではないと。 まず、宛先も書いてないのだから届くはずがないし、そもそも死者から手紙が来るなんて現実的に考えてありえない。 宛先のない配達物は家に戻ってくる。それを利用した婆ちゃんの優しさだったのだろうと思うと、嬉しかった。 そして僕が高校生になった年、今度は婆ちゃんが亡くなった。 たまたま婆ちゃんから貰ったあのレターセットが、あと1回分残っていたので使うことにした。返事は来ないとわかっていたが、なんとなく、言い損ねたお礼がしたかった。 『拝啓、婆ちゃんへ。今まで僕を可愛がってくれてありがとう。爺ちゃん用にくれたレターセットで、返事が来ないとわかっているけど書いてみたよ。爺ちゃんからの手紙、あれは婆ちゃんが書いてたんだよね。泣いてばかりだった小さい頃の僕を慰めてくれてありがとう』 そう書いて、ポストに入れた。 2日後『それはどうかしらね?』と書かれた手紙が空から届くことを、健太はまだ知らない。
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