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「おめでとうございます」
「おめでとう」
「頑張ったね、すごいよ」
みんなが称賛してくれた。
「こちらに笑顔をください」
「受賞されたお気持ちはいかがですか?」
「最年少での受賞ということですがご感想は?」
シャッターの光が眩しかったのを覚えている。
「はい。とても嬉しいです。小説を書くのは初めてだったのですが、まさかこの賞をもらえるとは思っていなくて……」
感極まった表情を浮かべて、画面の中の私は平気で嘘をついていた。
テレビを消す。
懐かしくもつまらないニュースを見てしまった。
風見賞最年少受賞作家、青木塁(あおき るい)。
それが私の名前。私が掴んだ栄光で名誉。
皆が私を呼ぶ。若き天才。稀代の小説家。最先端の文学作家と褒め称える。私も自分をそうだと決めつけてそうなれるように、つまりは期待に応えられるように筆を執って今までを歩んできた。
それが呪いになるなんて思いもせずに。
皆が求めるものを書く。
青木塁が書く小説を私は書く。
青木塁の書いた小説を皆が喜ぶ。
マンガになり、ドラマになり、映画になり、多くの人々が青木塁の作品で仕事と活力を得た。もちろんそれを妬む人々もいたけどそれも含めて、青木塁の作品は世界に大きな影響を与えていた。
私は書く。
青木塁の作品を書き続ける。
それは決して退屈な日々ではなかった。
だけど私は嘘をついた。
引き出しの奥に押し込まれていたそれを取り出す。あの懐かしいニュースを見た影響だろう。この作品を今更に持ち出すなんて思いもしなかった。
手元の原稿束をめくる。
青木塁として小説を書く前に私はこの小説を書いていた。
風見賞を受賞した作品とは似ても似つかない作品。
文学とも大衆ともつかない自己満足に書きたいことを書き綴っただけの作品。
完結させることのなかった未完の作品。
「小説を書くのは初めてということにしましょう」
受賞した時はアドバイスされた通りに私は従った。
あれから私はずっと視えない何かに従っている気がする。
青木塁として生きる為に私は私を殺して生きている。
原稿束を破り捨てる。
こんなに想いが積もった私の作品なんて。
吐き気がする。見たくもなかった。どうして読んでしまったのか。
罅割れた指先から血が滲んでいた。空気が乾燥していたせいか。あるいは原稿束の端で切ってしまったのか。
血は滲み続ける。じわじわと。赤い液体が身体の内から溢れて来る。
絆創膏を探さないと。
早く血を止めないと。
じゃないと仕事ができない。
そう思いながらも私は血が溢れてくるヒビを眺めることしかできなかった。
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