残り、三か月

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 ――残り四十日。  仕事からの帰宅後、部屋で明日の確認をしていたら、電話がかかってきた。相手は萩健司(はぎけんじ)、小学校の同級生で、それから十年以上の長い付き合いになる。  健司は誠が電話に出て早々、不機嫌に『なんでお前、あの部屋を引き払ってんだよ』と言い放った。  『また女を連れ込んでやろうと思ったのに、鍵が付け替えられてやんの』  「引っ越し連絡のメールは送ってあるよ」  『え? マジか。男からのメールってあんま確認しないからなぁ』  「ああ、そうなのか。電話で知らせればよかったね、ごめん」  なるほど、健司ならばそうだろう。と誠は己の不手際を認めた。健司も健司でこれ以上責めるつもりもないらしく、あっさり話題を変えてくる。  『で、新しい部屋ってのはどんなとこだよ。お前、ちゃんとまだ一人か?』  「ワンルームだけど、広くていい部屋だよ。高台にあるマンションの十七階だから、夜景が綺麗なんだ。代わりにちょっと駅から距離があるけどね」  『ほうほう』  「○○市ってとこだよ」  『それ、最近ニュータウンができて、地価が上がってるとこだろ? いいとこなんじゃね』  「このマンションの相場は、安くても月十万超えが普通かなぁ。これでもこの辺りからすれば安い方なんだよ、建物が古いからね。でも内装替えも終わっているから、結構綺麗だよ」  月十万超えのワンルームマンションか。と健司の声が喜色を帯びる。きっと携帯の向こうで身を乗り出しているはずだ。  ふと、携帯の向こうから雑音が流れて健司の声をかき消してしまう。  『死ネ』  雑音の中から聞こえてきた声は、健司のものではなかった。しわがれた男のそれだ。なかなかベターなところがきたなぁ、と誠は嘆息する。健司の声は相変わらず聞こえてこないが、長い付き合いだ、彼が言いそうなことはちゃんとわかる。  「うん、うん。いつでも大丈夫だよ。うちの店に来てくれたら、鍵を渡す。  でも早めに来てくれるとありがたいかなぁ。実はこの部屋、再来月には引き払うんだ」  電話の向こうのしわがれた声は、最初の意味のある言葉を最後に、不明瞭なものへと変わってしまっている。  まあ、健司には多分この応対で問題はない。「じゃあまた」と誠が携帯を切っても、お怒りの電話がかかってこなかったことがその証明だ。
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