プロローグ

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「佐藤くん!佐藤くんいる?」 彩響の声に書類を抱え込んだ男が部屋に走ってきた。 「峯野主任、どうかしたんすか?」 「56ページが見当たらないの。どこにあるか分かる?」 「え?全部封筒に入れたはずですけど…」 「今すぐ広報部に行って内容確認して来て。早く!」 急かす声に佐藤くんは足早で部屋を出ていく。続いて机の上の電話が鳴った。表示された着信番号ですぐ誰なのか分かった。彩響は視線をパソコンの画面においたまま「通話」ボタンを押した。 『おい、峯野!お前データはどうした?』 「先月届いたアンケート結果の数値ですしょうか?今朝チャットワークで投げております。」 『それは見たよ、そうじゃない、フォントの話だ!俺ゴシック体は嫌いだから明朝体使えって言っただろう!』 これは昔から自分のことを嫌う大山部長だ。3年前中途採用で編集長になった人だが、最初彩響のことを勝手に狙っていたらしく、断ったらその日からパワハラ+セクハラが始まった。最近ではますますその強度がひどくなっている。 「編集長、大変失礼したしました。早速再送信しますのでお待ち下さい。」 「ったく…これだから女は事務所に置きたくないんだよ。このMan’s Cloverの唯一の女社員ならプライド持って働け!女だから多めに見て貰えると思ったら大間違いだからな!」 大山編集長の電話はそのまま切れた。彩響はため息を付きながらデータを読み直しす。 「え、なに?文章は明朝体で書いてあるよ?まさか、添付されているイメージデータのこと?」 彩響はその時点でもう確信した。今日も間違いない、残業決定だ。しばらく悩んだ結果、彼女はスマホを出し誰かに電話をかけた。 「…あ、ごめん。今日遅くなるよ。うん、じゃあ9時でお願い。」 電話終了後もしばらくは集中できず、ぼうっとしながら画面を見た。外にはもう退勤の支度をする人たちが見える。皆それぞれの楽しみが待っているのだろう。趣味とか、映画とか、おいしい料理とか、...恋人とか。 「…気にしない、気にしない。」 そう自分自身に聞かせて、彩響は手を動かし始めた。少しでもあの人たちより何かを多めにしないと、自分はここで生きていられない。そう、なぜなら自分は「女」だから。 「9時までに終わらせられるかな…」
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