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残念な気持ちを持て余しながらうとうととまどろみ始めたころ、ようやく将吾さんが部屋に戻ってきた。
「七海、悪いんだけどさ、兄貴をしばらく住まわせてやれないかな」
将吾さんの口から出た言葉に、思わず飛び起きた。
「どうして」
「兄貴、詳しいことは言わないんだけど、家を追い出されたらしい。多分家賃滞納してんだよ。元々大家さんともそりが合わなかったらしいし」
「そんな」
「仕事もちょうどやめたばっからしくてさ。収入が安定して、新しい家が決まるまで置いてやりたいんだけど、いいかな」
将吾さんの言葉にわたしは固まった。将也さんが同じ屋根の下、一緒に暮らすということは、常に将也さんの動向を気にし、機嫌に怯えるということか。
将也さんに悪意がないことはわかっているけれども、顔を合わせるたびに何を言われるかと構えながら過ごすのかと思うと、気が滅入った。
わたしの中には将也さんに対する完全な苦手意識ができていて、将吾さんの提案に即答で賛成できないでいた。
「ダメかな」
「ん……」
悩みながらもはっきり断れないことは、我がことながらよくわかっていた。
将吾さんにとって将也さんは双子の兄、家族だ。兄が困っているこの状況で、居候を断ったら今後の関係に明らに影響するだろうし、もしわたしの兄が困っていたら、わたしは将吾さんを説得してでも兄の助けになろうとしただろうし。
「将吾さんのお兄さんなら、わたしにもお兄さんになるんだもの。いいよ、大丈夫」
「ありがとう、なるべく早く出てもらうようにするから」
「うん」
「メシの支度とか洗濯とかしなくていいからな」
「でも、それじゃ将也さん、困っちゃうでしょ」
「ここはあくまでも寝る場所ってことにしてもらうよ。洗濯はコインランドリーがあるし、食事だってコンビニも飲食店もあるから、七海は何もしなくていい。兄貴にも言っとくから」
「わかった」
「ごめんな。せっかく一緒に暮らすのに、いきなり兄貴が転がり込んできて」
「気にしないで。家族なんだから助け合わなきゃ」
将吾さんはわたしをぎゅっと抱きしめた。その腕の中で、わたしは不安をかき消すように考えた。
きっと大丈夫。わたしは昼間の仕事だし、バンドをやる人は多分夜が活動時間だから、うまくいけばほとんど顔を合わせないですむはず……。
将吾さんがわたしをベッドに誘導する。まさか、する? かと思ったけれども、さすがに将吾さんも将也さんがいるのにそういう気持ちにはならなかったらしい。
お布団の中でやさしく抱きしめられ、背中を撫でられているうちにわたしは再びうとうととし始めた。眠りの波の間に、将吾さんが「七海、お休み」と額にキスしてくれたのは、夢だったのか、それとも現実だったのだろうか。
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