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夜中にふと目が覚めた。隣には将吾さんが眠っている。喉の渇きを覚え、わたしはスリッパを履いてキッチンに行った。手元灯だけをつけて、冷蔵庫の隣に設置されたウォーターサーバーから水を汲んで飲む。
かちゃ、とドアが開く音に振り返ると、将也さんが立っていた。
「あ、あ、えと、こ、こんばんは」
「……こんばんは」
将也さんは将吾さんのTシャツとスエットパンツを履いていた。わたしは、なんと言ってこの場を去ればいいのかがわからず、とっさに頭を下げて将也さんの横を通り過ぎようとした。
「七海ちゃん」
名前を呼ばれてびくっ、とからだが反応する。何かヘマをしただろうか、気に入らないことでもあっただろうか、と不安が過ぎる。
「水飲みたいんだけど、コップどこ」
「あ、はい」
引き出しを開けてコップを出す。キッチンは全体的に隠す収納になっているため、どこに何があるか、ぱっと見わかりにくい。
「ありがとう」
コップを受け取り、蛇口をひねろうとする将也さんにウォーターサーバーを示した。
「お水はあちらのを飲んでください。冷蔵庫にミネラルウォーターもありますから」
「へぇ……なんか、リッチな生活って感じだねぇ」
将也さんは独り言のように呟くと、ウォーターサーバーから水を汲んだ。コップを傾けて一息に呑む様子を、なんとなく見る。
「やっぱ水道水よりうまいな、うん」
将也さんがこちらを向いた。目尻の笑い皺が深くなる様子に、改めて将吾さんにそっくりだな、と思った。
「じゃ、おやすみ」
「あ、はい、おやすみなさい」
将也さんが部屋に入り、ドアがパタンと閉められた。わたしは将也さんが使ったコップを洗うと、寝室に戻った。
翌朝わたしが起きると、将也さんはもう出かけた後だった。
「昨日の深夜に日雇いの仕事が見つかったって。朝から行ってくるって出かけてった」
先に起きていた将吾さんにそう言われて、わたしはホッとした。
やっぱり将也さんとは、できるだけ顔を合わせたくない。特に、将吾さんがいなくて将也さんと二人きり、という事態は避けたかった。将吾さんがいてくれれば、将也さんに何かを言われても、将吾さんが庇ってくれる。でも、将吾さんがいなくて二人きりだと、彼の歯に衣着せない物言いに真っ向から立ち向かう勇気は、ない。
このまますれ違いが続けばいい。そしてそのうち、安定した仕事と住む場所が見つかって、出て行ってくれるかもしれない。
義理の兄になる将也さんを苦手に思う自分を嫌だなと思いつつも、わたしは将吾さんと二人きりで過ごせる日を、心待ちにしていた。
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