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レコーディング依頼
オーディションがあった週の、水曜のことだった。辞めたはずの事務所から、携帯電話に電話がかかってきた。事務の寺尾さんが、電話口で早口でまくしたてる。
「七海ちゃん、仕事中にごめんね。昨日、七海ちゃんに問い合わせがきたのよ」
「昼休みなので大丈夫です。問い合わせですか」
わたしはどきんとした。オーディションに受かった人がキャンセルになり、繰り上げになるのは良くあることだ。まさかと期待に胸が膨らむ。
「声優の仕事じゃないんだけどね、急遽連絡取りたいんだって」
声優の仕事じゃない、と聞いて落胆する。あの出来で繰り上げなんかくるわけがない、と自虐的になりつつも、どんな仕事の話なのかを寺尾さんに聞いた。
「コーラスのレコーディングをお願いしたいって。もう事務所は辞めたのでって言ったら、連絡先教えて欲しいって言われてさ。教えてもいいかな」
「はい、それは別に構わないです」
「良かった! うちの事務所から何人もお世話になってる方だからさ、助かるよ」
「あの、なんて方ですか」
「メディアミックスプロデューサーの柳島さん、知ってるよね? すぐかかってくると思うから心構えしといてよ。あんな凄い人から直接電話くるなんてありえないんだからさ」
「はい、わかりました」
「契約取れたらちゃんと契約書交わしてね、そこ大事だからね」
寺尾さんとの電話を切って5分後、見慣れない番号からの着信があった。わたしは震える指で通話ボタンを押した。
「高瀬七海さんですか」
電話越しに聞こえたのは、間違いなく昨日聞いた柳島さんの声だった。携帯電話を持つ手が汗ばみ、声が震える。
「はい、高瀬です」
「オレ、柳島と言います。急で悪いんですが、コーラスのレコーディングをお願いしたくて。今日の夜、7時に四谷のスタジオに来てもらえないでしょうか」
「今日ですか」
「はい。対応可能ならお願いしたいんですが」
「わかりました、伺います」
スタジオの住所と連絡先を聞き、電話を切った。
自分に歌えるものならいいのだけど、と少し不安に思いつつも、初めての声を使う仕事の依頼に喜びが湧く。
定時になったらすぐに仕事を終わらせて、スタジオに行くために、わたしは昼休みを切り上げて仕事に取り掛かった。
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