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「このスコアに書き込んでいいですか。それから、15分いただけると助かります」
「ん。準備できたら言って」
正式なレコーディングへの参加は初めてで、右も左もわからないけれども、頑張るしかないと覚悟を決める。
わたしは集中して音源を聞き込み、スコアを確認しながら自分なりの解釈ポイントを書き込んだ。歌も歌えた方が声優として有利だからとボーカルトレーニングに通っていたことが役立った。
15分後、準備ができたことを告げると録音ブースに案内され、ヘッドフォンを渡される。柳島お兄さんがブースから出ると、小さな部屋に一人ぼっちになった。
ガラス張りの窓からコントロールルームに顔を向けると、柳島お兄さんとそのバンドメンバー達が見ている。その視線にさらに緊張が高まりそうで、わたしはぎゅっと目を閉じて曲の世界観に集中した。
ヘッドホンから曲が流れてきた。頭の中でカウントする。次の小節からだ。
声が震え、掠れた。伸ばすところがまったく伸びず、ひきつれるような苦しい発声になった。苦しい声のまま、16小節はすぐに終わってしまった。
何度か録り直した後、柳島お兄さんが眉間に皺を寄せた怖い顔で、ブースに入ってきた。怒られるか、罵倒されるか、とわたしは心がきゅっと縮こまるのを感じながら、からだを強張らせた。
ひょい、とヘッドホンを外された。
「高瀬さん、歌い方変えてみて」
「変える……例えば、どんな風にでしょうか」
「喋るように、流れるように歌って。ハミングでもいい」
「わかりました」
わかりました、と答えたものの、どうすればいいのかわからなかった。伺うように柳島お兄さんを見ると、彼はふっと表情を柔らかくした。
「自分の声がさ、山奥とかにある清流みたいに流れてくるのをイメージして歌ってみて」
「はい……」
「高瀬さんは良い声してる。力が抜けたらもっと良い声になるから自信持って。じゃ、次がラストテイクなんでよろしく」
「は、はい!」
わたしは言われた通り、清流のイメージを思い浮かべた。
実家の裏山にそんな場所があった。季節問わずにあの川で遊んだな、と懐かしく思い出す。
春先の、暖かな日差しが川の流れに反射する。カエルの卵を棒で突く兄の後ろに隠れ、様子を見守った。
初夏の、ホタルが飛ぶ幻想的な風景。真夏には近所の子どもたちが集まって、時間を忘れて水遊びをした。
水飛沫。太陽が当たって、キラキラと光る水滴。冷たい水に手を入れたときの、痺れるような感覚。
雨上がり、水かさが増して勢いを増した流れ。子どもたちの嬌声がいつまでも聞こえる……。
それらを思い出しながら歌った。耳に入る自分の声は、さきほどに比べると柔らかく伸びて、軽やかに感じた。
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