背徳

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 朝食を終えると支度をして車に乗り込んだ。  わたしは窓外を流れる景色を見ていた。カーステレオから流れる男性シンガーの声が、耳心地良い。車は用賀を抜け、東名高速に乗って多摩川を越えた。 「そういえばどこの温泉に行くの」 「足柄。日帰りで結構良いところがあるらしい」 「へぇ」 「七海にさ、ずっと話そうかどうしようか迷ってたことがあって。やっぱちゃんと話したいから今、話してもいいかな」  将吾さんの唐突な言葉に、心臓が跳ねる。 「うん、良いけど」 「この前、兄貴のライブがあった日のこと、覚えてる?」  忘れられるわけがない。将也さんと蕩けるようにひとつになったあの夜を、どうやって忘れろというのか。 「あの日、昔の仲間と飲むって言ってさ、次の日の昼近くに帰ってきただろ」 「うん」 「ごめん。オレ、嘘ついた」 「……どういうこと?」 「昔の仲間ってのはまぁ、正しいんだけどさ。正確には、大学のときの元カノと、飲んでた」 「元カノさんも入れて、何人かで飲んでたって事?」 「いや、二人だけ。ごめん」  なんと返事をしたらいいのかわからなくてわたしは沈黙した。その様子から誤解したのか、将吾さんは言い訳するように付け足した。 「そいつ今、アメリカに住んでるんだけど、日本に一時帰国するって連絡きてさ。会うの久しぶりだから飲もうか、ってなって。けどやっぱ、元カノと二人で朝までって良くなかったよな、ごめん」 「いいよ、気にしないで」  わたしの中で後ろめたさが増殖する。将吾さんが元カノさんと飲んでいた時、わたしは将也さんと愛し合っていた。彼を非難できるわけが、ない。 「元カノ、同じバンドのボーカルだったんだけど、メジャーデビュー直前で声帯に腫瘍が見つかってさ。腫瘍自体は手術で取ったんだけど、リハビリはアメリカの方が進んでるから、ってアメリカに行ったんだよな」  心臓が大きく、ばくん、と音を立てた。血の気が引いて、頭の中が真っ白になる。わたしは焦る気持ちを押さえつけ、できるだけ平静を装って聞いた。 「その人の名前、なんていうの」 「ん?」 「元カノさんの名前」 「ああ」  ちょうどカーブに差し掛かり、将吾さんはハンドルを左に切った。滑らかなハンドルさばきとは裏腹に、わたしの声帯の奥で何か、いいようのないものが引っかかる。 「元カノの名前、カオルっていうんだ」
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