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わたしは動揺した。将也さんとカオルさんが付き合っていたとは聞いていたけれども、将吾さんとも付き合っていたなんて予想していなかったのだ。
もしかしたら「兄弟で揉めた」というのは、カオルさんを奪い合ってのことだったのかもしれない。
「元カノとか、バンドとか、初めて聞いたからちょっと、混乱してる」
「あ……そうだよな、ごめん」
わたしは心の中で「謝らなくていいのに」と思った。自分自身の犯した罪を考えたら、謝るべきはわたしの方だと自嘲する。
「七海さ、過去に嫉妬したりとかする?」
ちらり、と将吾さんが視線を右に滑らせる。一瞬目が合って、わたしは無意識に視線を前方に泳がせた。通り過ぎていく対向車。道の両側に繁る木々。いくつもの水滴がフロントガラスを流れていく。
「しないから、聞かせて」
「わかった」
将吾さんはしばらく考えこみ、やがてぽつりと話し始めた。車はちょうど、渋滞に引っかかったところだった。
「カオルとは、大学三年のときに友達の紹介で知り合った。不思議に思うかもしれないけど、オレ、あいつの声に惚れたんだ」
「声?」
「うん。特徴なさそうなのに一度聴いたら忘れられない。癒されるのにセクシーで、心の深いところにそっと入り込まれるような、そんな不思議な声の持ち主でさ……七海の声に、すげぇ似てる」
将吾さんがこちらを見て、微笑む。わたしはその気配を知りつつも、将吾さんの方を向けなかった。将吾さんの左手が伸びて、わたしの頭を優しく撫でる。
「カオルのほうもオレのこと好きになってくれて、割とすぐ付き合い始めた。カオル、歌やりたいっていうから、たまにセッションしたりしてさ。結構良かったから兄貴に紹介して、バンドに入れたんだ」
将也さんと将吾さんのバンドに入ったカオルさんは、ボーカルとしての実力をメキメキと伸ばしたらしい。
「あっちこっちで歌って、ライブハウスにプロダクションが見に来ることも多くなってさ」
厳選に厳選を重ねて選んだ事務所と、仮契約をしたのだという。そしてその頃、カオルさんは将吾さんと別れて将也さんと付き合い始めた。
「まぁ、正直辛かったな、あのときは」
兄弟の間でどれだけの確執があったのか。自分の好きな人が双子の、自分にそっくりな兄に惹かれてしまう。
それだけでなく、同じバンドで歌い続ける姿を、見なければならないのだ。
「兄貴は事務所と契約してから、更にカオルに厳しくなった」
「厳しかったってどういうこと」
「カオルは、歌で相手の感情を揺さぶるのはすごくうまいんだけど、ピッチはよくブレたし、声も枯れやすかった。基礎ができてなかったから、かなり無理してたんだと思う」
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