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四月も半ばを過ぎた金曜、わたしは休日出勤を免れたことに安堵の息をつきながら、終電間際の電車に揺られていた。
一週間分の疲れを引きずった足取りで、駅前の二十四時間営業のスーパーに向かい、おにぎり二つとプリンを買う。
駅から家までの道が、遠い。タクシーを使おうかと大通りに目を向けたときに、反対側の通りで人が揉めているのが目に入った。
道端に止められた真っ黒な大型バイク。長身の男性が、何人かの男性に暴行されているようで、周りの人たちはトラブルに巻き込まれるのを恐れてか、遠巻きにしている。
警察を呼んだ方がいいかもしれない。わたしはスマートフォンを取り出した。そのとき、車道を通る車のライトが殴られていた男性を照らした。彼がク、金色の、ブリーチした髪が見えた。
気がついたときには道路に飛び出していた。車の急ブレーキがあたりに響く。
「危ねえ!」
「気ぃつけろ!」
飛び交う怒号に構わず走った。誰かが警察を呼んだのかサイレンの音が聞こえ、暴行していた数人の男性たちが散り散りに逃げた。
「将也さん!」
人混みをかき分けて、声をかけた。
「七海、ちゃん?」
へたり込んでいた将也さんが顔を上げる。腫れた瞼。血が滲んで鬱血している頰が痛そうで、わたしは思わず眉根を寄せた。
「救急車呼びましょうか」
遠巻きに見ていた女性が声をかけてくれたけれども、将也さんは「大丈夫です」とよろよろと立ち上がった。
その姿に人混みがばらけた。誰かが呼んたと思った警察は、別のところに向かったらしく、パトカーはこなかった。
「将也さん、手当てしないと」
「平気だ、このくらい何ともねぇ」
「何ともなくないです。血、出てるし」
将也さんはわたしを無視してバイクにまたがった。ヘルメットを被るときに、痛そうに顔をしかめる。それを見て、わたしは反射的にハンドルに手を掛けた。
「七海ちゃん、どいて」
「嫌です」
将也さんがハンドルの上のわたしの手をそっと掴んで外そうとした。わたしは力を込めてハンドルを握った。そして、勇気を出して、将也さんの目を正面から見返した。
「手当てします。家に来てください」
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