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オーディション
しんとした廊下に並んだ八脚の椅子を見つめ、わたしは小さくため息をついた。わたしの前の番号の人が呼ばれたのは、どのくらい前だったか。その人も、とっくに演技を終えて帰ってしまった。
もしや忘れられているのでは、と不安になる。握りしめていたハンドタオルをそっと広げると、手汗のせいかなんとなく湿っぽい気がした。
後5分呼ばれなかったら、ノックしてみよう。
そう心に決めたときにふいに会議室のドアが開いた。出てきたのは男性だ。
わたしは見るともなしにその男性の姿を目で追った。背が高く、細身で少し猫背。
彼はわたしには目もくれず、廊下端の自動販売機の方に行ってしまった。
審査員の一人だろうか。公開されていた審査員の名前を思い浮かべるも、名前だけではその人が誰なのかはわからなかった。
男性は自動販売機に硬貨をいくつか入れると、ボタンを押した。がこん、と音がして飲み物が出てくる。屈んでそれを取ると、男性は踵を返してこちらに向かってきた。
足が長いなぁ、と思いながら何気なく顔を見る。強い目。射抜くような眼差しが揺れて視線がこちらに動く。
一瞬目が合いそうになり、わたしは慌てて下を向いた。下を向く寸前に、ちらりと目の端で捉えた顔に覚えがあった。
まさかね、と思いつつもじわじわと興奮が寄せてくる。雑誌やweb記事で見た顔写真と、同じだった、と思う。
業界では知らない人はいない、やり手のメディアミックスプロデューサー、柳島将吾。
いくつものオンラインゲームをヒットさせ、アニメ、ライブコンサート、コミカライズとメディアミックスを大ヒットさせている。
審査員リストに彼の名前はなかったけれども、自身がプロデュースするゲームの声優オーディションを見にきた可能性は充分にあるし、審査員としてシークレットで参加することも、大いに考えられる。
そこまで考えたときに、会議室のドアが開いた。
「55番の方、どうぞ」
わたしは弾かれたように立ち上がり、緊張しながら会議室のドアをノックした。
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