自分であるために

1/1
前へ
/1ページ
次へ

自分であるために

「おい、どうした…俺は…まだ…やれるぞ」  3人の男たちが笑う。俺よりも頭が高いところから。 「おいおい、勘弁してくれよ。寝言は寝てから言ってくれよ、なぁ」 「てか、俺らは弱い者いじめしたいわけじゃねぇから」 「俺は…弱くねぇ。まだやれんだよ」  3人は大笑いをやめて、鼻で笑う。 「口だけはいっちょ前だな、お前。もういいわ」  行こうぜ、と一人が言って3人が背を向ける。 「待てや、雑魚ども」  俺の声に反応して、3人は止まる。そして、一人が頭を掻きながらめんどくさそうに言う。 「寝言は寝て言えっていったけどよぉ、本気で言ってんなら、せめて立ち上がってから言ってくんねぇか」  そう言って、3人は歩き出して、テレビの話をしながら行ってしまう。 「こらぁ、待ちやがれ、おいっ。逃げたら俺の勝ちだからな!」  首が疲れてきた。  首の筋肉もだが、体全体が疲れた。  力を抜く。  西の空からオレンジ色が薄暗い青へのグラデーションを眺める。ちょいちょい、雲が隠して中途半端だ。あの雲も、あいつらも邪魔だ。    いらいらしながらも、ぼーっと空を見ると少し心が落ち着く。 「まじかよ、情けねぇ…」  そっと、自分の手を見ると手が震えている。  俺はいつになったら、強くなれんだよ。体も、心も。 「あああぁーーーーーーー」  叫ぶ。  息が荒くなる。でも徐々に呼吸が整うと、体の緊張がほどける。 「まぁ、あいつらが先に根を上げたんだから、俺が勝ちだ…」  玄関の前で顔をこする。服はまぁ、いつもどおりだからいいか。 「また、あんた喧嘩してきたの」  左を向くと母さんがいた。 「別に関係ないだろ」 「あんたねぇ…。怪我させてないでしょうね」 「させてねぇよ」 「そりゃそうよね、あんた弱いし、チビだし」 「あぁん、喧嘩売ってんのか。それにチビはてめぇのせいだろが」 「売るわけないでしょ、いい大人は簡単には喧嘩は売らないの」  そう言って母は鍵を開けようとする。右手にあった買い物袋を横取りする。 「げっ、野菜ばっかじゃないかよ。カップラーメンとか買っとけよ」 「はいはい、機会があればね」  そう言い合いながら、アパートに入る。    それからも、何度もやつらと喧嘩を繰り返し、事件が起こった。 「きゃあああああ」  俺の右手から滴る血。  相手の頬にも血がついている。 「せっ、先生呼んでくる!!」  同級生の本木に俺は押さえつけられる。先ほどまでの高ぶっていた気持ちは血を見たことですーっと、収まった。痛がっている板倉を見る。いや、板倉以外に見ることができない。  血が出るような喧嘩をした俺を見る周りの奴らの顔を見ることは怖くてできなかった。  その後、担任の近藤先生と、別の先生が来て、板倉はその別の先生の車で一緒に病院へ向かった。  見送った後、近藤先生はいつもの人気者な顔ではなく、後ろのにいた俺を見て、面倒くさそうな顔で見てきた。 「おい、本木。一緒に来てくれるか」 「あっ、はい」  そう言って、2人は歩き出した。  二人と距離ができたところで俺もゆっくりと付いて行く。    頼りになって、話のわかる面白い先生。先生の周りは笑いが多かった。 でも、その先生が作る空気、それに合わせられない俺にとって、その「輪」は嫌いだった。きっと、先生もうっすら気づき、見ないようにしている気がした。    職員室に着くと、状況を本木が話をしてくれた。 「帰り際に板倉君たちが紳助君をからかっていて、最初は紳助君が言い返してただけだったけど、3人でどんどん煽っていて、3人で囲んで紳助君の肩をどついて、紳助君がやり返したら、後ろから板倉が押してきて、それで怒った紳助君が殴りかかって、それで、血が出て僕たちが止めました。だから、最初は板倉君、橋本君、土屋君たちがちょっかいだしてました」  本木とは仲がいい訳ではない。一番の悪役だと自己評価していた俺にとってその説明はじーんと心に染みた。 「ありがとうな、本木。教室の方は任せていいか」 「はい」  そう言って、本木は職員室を出て行った。    そして、先生はちょっと待っていろ、と言って母親に連絡をし、しばらくすると母親が来た。 「すいません、遅くなりました。本当に…申し訳ありません」  血相を変えて、母親が来た。   先生は状況を説明する。  それに対して何度も謝る母。  話をしているうちに先生の気持ちもどんどん乗ってきて、困ります、敵わない、なんて言葉がどんどん出てくる。 「筒井君は、クラスに馴染もうとしませんし、それでいて、自分に合わない人には癇癪を起してしまうので、クラスの和を乱しています」    肌が叩かれる大きな音が鳴り響いた。 「紳助は自分から人の嫌がることをやる子ではないです。先生は紳助を悪もんにして問題をちゃんと見てないだけじゃないですか」  先生のほっぺが赤くなり、目にうっすら涙が浮かんでいた。 「いってぇなぁ。警察呼ぶぞ」  先生が聞いたこともない口調に俺は怖さを覚えた。 「呼んでください。でも、一つ言わせてもらいます。あんた、学生の頃は困ったらすぐに先生に言うって言って何にも考えられない学生だってでしょ。私はね、そんな学生がただ歳を重ねて、偉そうな先輩になってるだけの先生に子どもを預けておけません。私が捕まることであんたみたいな糞教師の元から別のとこの中学に行かせられるんだったら…」    えっ、母さんが捕まったら、俺はどうなるんだ。  生きていけれらるのか。  そもそも俺のせいで母さんに、母さんに先生を殴らせてしまった。犯罪者にさせてしまったのか。  こんなときだけ、自分でも驚くほど頭の回転が速い。    母さんが、こちらを見る。少し涙目だ。そして、僕の顔を見て、ぐっと吐き出しそうなものを震えながら抑える。 「すいませんでした」  母は先生を見て、深々と頭を下げる。 「すいませんでしたっ」  ぽたっ、ぽたっと大粒の涙が床に落ちているのが見えた。  コンコンっ、とドアから音がする。 「失礼します」  と、女性の声が聞こえて、ドアが少しずつ開き、泉先生が中にいるか確認しながらが覗いてくる。  母は何も言わない。先生も頬を抑えて何も言わない。 「どうしたんですか」  泉先生は二人の顔を見るが、何を言わない二人を見て、何も話さないのを見て、俺の顔を見てくる。 「せっ、先生が、僕を馬鹿にして、それを母さんが…怒ってビンタして、叫んで…それで、謝って…」  うまく、うまく言わないと、母さんが。でも、上手く言えない。頭も心もいっぱいだけど、言わないと。 「紳助君、ありがとうね。とりあえず、お母さんは頭を上げてください。あと、お座りください」  そう言って泉先生はハンカチを取り出して、母さんに渡して、母さんの肩に手を添えて座るのを促す。 「近藤先生も、大丈夫ですかね」 「まぁ…」 「良かったです。二人とも落ち着きましょうね。あと、報告ですが、板倉君は鼻血が出ただけで大丈夫みたいです」  俺は少しホッとした。 「教頭先生もそろそろお見えになりますので、もうしばらくお待ちくださいね。あと、落ち着くためにも飲み物入れてきますね」    どうなるんだろう。    俺は下を向いていたが、ちらっと二人を見る。二人とも目線を合わせず、先生は外を向き、母は下を向いて拳を握っている。その拳は震えていた。    悔しい。  さっき、怒っていた母さんが俺の顔を見て、深々と頭を下げた。あれは、きっと…俺の顔が不安そうな情けない顔をしてたせいだろう。さんざんいきがって生きてきたくせに、いざ親がいなくなったらっと考えたら…生きていけないと思ってしまった。結局自分は「学校」「子ども」「学生」というゆりかごの中で暴れてただけだ。  大丈夫?     そう言いたかった。伝えたかった。けれど、泉先生が場を少し和ませたとはいえ、近藤先生もいるこの場で、声を出すような空気ではない。    俺は母さんの手を握った。母さんの手は冷たい。母さんがこちらを見てきたが、目は合わせず、黒板の上の時計を力強く見る。母さんの顔を見たら、顔を下げたら、上辺だけの強がりは途端に崩れて、少し感じる目の潤いと共に何かが溢れてしまうかもしれないと思った。  母さんは、俺の握った手にもう片方の手を乗せてきた。でも、俺はそっちを見ない。心がこれ以上揺れると泣いてしまいそうだから。 「お待たせしました、はぁ、はぁ」  泉先生が先に来て、少し時間差で教頭が来た。 「筒井さんお待たせしました。筒井君は…」 「お、俺も一緒でもいいですか」  どもってしまった。でも、なりふり構っていられない。 「俺の人生が…母さんの人生がかかってるんです、お願いします」    俺は教頭の言葉を遮って、深々と頭を下げる。先ほどの母のように。  今度は俺が母を助ける場合だ。 「大人同士の話合いだからね」 「すいません、お願いします。俺、母さんを助けたいんです。騒いだりもしません」 「…わかりました。私もよく状況がわかっていないので、3人の話を聞きましょう。ただ、話の流れによって途中で退室してもらうようにします。いいですね?」 「はい。ありがとうございます」  先生は頬を抑えながら、睨んでいる。  負けるもんか。  近藤先生が状況を説明する。自分の主観を強調し、むっとして、口を挟もうと思ったが、それで追い出されてしまっては子どもだ。今、母を守れるのは自分しかいないんだ。重要なタイミングで負い目を感じている母を守れる発言をできるのは俺しかいないんだ。ぐっとこらえた。 「それで、近藤先生の失言について、筒井さんが御怒りになったということでいいかね」 「…はい」  近藤先生は事実だけを教頭先生に復唱されて、思うところがあるような返事をした。 「今、近藤先生はその発言についてどう思っていますか」 「反省して…います」 「そうですか。ちゃんと、そのことについては筒井さんや、筒井君に話をしましたか」 「していません」 「筒井さん、筒井君」 「はい」 「はい」  教頭先生は立ち上がり、 「今回近藤先生がお二人を傷つける発言をしてしまったことは本当に申し訳ございませんでした」  近藤先生も慌てて立ち上がり、 「申し訳ございませんでした」 「近藤先生はいつも生徒たちが楽しく学校生活を送れるように、遅くまで授業を研究されたり、他の先生にアドバイスをもらったりしていて、とても熱心な先生なんです。私はそういった彼の熱心なところがとても大好きなんです。けれど、若さゆえ…と言えば、今度は近藤先生を傷つけてしまうかもしれませんが、自分の理想を生徒に押し付けてしまった結果、自分の思い通りにならない筒井君を攻めるような言葉を言ってしまったのだと思います。今回のことは私にも責任があります。近藤先生が自分と合う生徒と小さくまとまっている部分があることは私も気づいていました。けれど、彼のやる気を削ぎたくはない…そして、同じ教師として波風を立てることに抵抗を感じてしまい、今回のようなことが起きてしまいました。本当に申し訳ございません」 「いえいえ、頭をお上げください」  母も慌てて立ち上がる。 「私の方こそ、すいません。自分勝手に先生を攻めてしまって。そして、手を上げてしまい、本当に申し訳ございませんでした」  今度は俺が慌てて立ち上がって、母と一緒に頭を下げる。  近藤先生は少し唇を震わせて意を決したように口を開く。 「筒井君。私は、私は…君をないがしろにしてしまいました。私は板倉たちを選んでしまった。選んで、問題を君にだけ押し付けてしまった。問題の原因を解決しようとするんじゃなくて、クラスの問題が大きくならないようにしてしまった。本当に申し訳ない。申し訳ございませんでした」 「いえ、俺も…迷惑をお掛けして、申し訳、ございませんでした」  拍子抜けした。そして、心が穏やかな気持ちになっていた。 「一度座りましょうか」  教頭先生が手を出して、 「そうですね」 「はい」  近藤先生と母も返事をして、座る。  それから話し合いは教頭先生主導のもと、教頭先生と近藤先生が責任を持って、板倉たちや、親にも話をすること、母と俺も家に謝りに行くことを約束した。  部屋を出ると、近藤先生と母は和やかに話するまでになれた。  安心して見ていると、教頭先生が近づいてきた。 「先ほどはありがとうございました」  俺は頭を下げる。 「筒井君。手は大丈夫かね?」 「はい」 「君は負けず嫌いなんだよね」 「はい」 「さっきの言い争いになるかと思ったかい」 「…はい」 「そうか、そうだよね。じゃあ、誰が勝ったと思う?」  少し、考える。 「教頭先生…ですか?」 「じゃあ、君は負けたのかい」  納得したのだから、そうなのかな。 「はい?多分」  教頭先生は笑う。 「ははははっ。でもね、私はそうは思わない。君と先生は時間がかかるかもしれないけれど、歩み寄れたし、きっと板倉君たちともいいクラスメイトになれると信じている。だから、私の意見は皆勝ちなんだ。だから、みんな勝つには相手に勝ちを譲ることも大事なんだよ」  そういう勝ちっていうのも…あるんだ。 「ありがとうございます、教頭先生」 「でも、受験戦争やスポーツには勝ち負けがあるから…喧嘩じゃなくてそういう競い合ってお互いを高め合うことは頑張りなさいね」  教頭先生は冗談っぽい笑顔をした。 「はい!」  帰りの車で俺は助手席から左の流れゆく景色をぼーっと眺めていた。登下校の時に影を潜めていた電灯達が存在感を現し、馴染みのある風景たちは影を潜めていて、どこかよそよそしい。  俺が知らない一面。 「…さっきね」  ぽつりと母が話しかけてくる。 「あぁ…」 「母さんね、なんか…嬉しかった」  何がだ。  教頭先生がまとめてくれたが、もとはと言えば、あんなに何度も謝ることになって。忙しいのに来てくれた。 「私、近藤先生を叩いてしまって後悔して、どうしよ、どうしようって後悔していたの。人を叩いたことなんて記憶にないし、叩いてしまった感覚が右手に残っていて…教頭先生が来るまでは本当に嫌だった。この右手なんて捨ててしまいたいと思っていたの」  母さんは左にハンドルを切る。感情を乗せるところは乗せながら、たんたんと話をする。 「そんなときにね、紳助のあったかーい手がそっと握ってくれて、大丈夫だよ、俺は母さんの味方だよって言っているような気がしてね、優しくて、本当に嬉しかったんよ?」  俺は目線を下に落として左手を見る。 「俺はさぁ…」  言おうか、言わまいか。 「うん」  母さんはそんな気持ちを察してか、間を感じ取って優しく相槌を打つ。景色は一定に横を過ぎていく。 「馬鹿にされるとさぁ、すげー腹が立って。舐められたくなくてさ、あいつらさ、最初は俺も流してたけどさ、あいつらもクズだからさ、どんどん調子乗ってきてどんどん言ってきてさ、俺はただ、普通に生きたいのにさぁ、あいつらいじってきてさ、そんなクズたちに俺の人生崩されたくないし、絶対負けたくないし、ぶっつぶしたいって思って…た」 「うん」 「でもさ、殴って勝っても何にもなくてさ…罪悪感しかなくてさ。相手を負かすよりも大事なもんがさ…あってさ、俺、母さんに…」  声が詰まり、涙が出てしまう。涙なんか母さんに見せるのなんてダサくてしたくない。  でも、もうダサくなってしまったのだ。声は詰まるが、その涙は俺の心の外気にさらして傷つけたくない、一番奥の純粋な気持ちが外に出すための潤滑油になったのだろうか。今は恰好を付けずに伝えたい。 「母さん、ごめんなさい。俺が駄目な子で、迷惑かけてばっかでご、め、んなさい」  母さんは、ハザードランプを付けて、道に車を止めた。 「何言ってるのよ、馬鹿。子どもは親に迷惑かけるのが仕事なんだから、全然気にしてなんかない」 「俺、母さんが俺のために先生を叩いて、それで、俺の、ために、頭を下げてくれて、愛されてる、こんなに、愛されてるってすげーっ、うれし、かった」  俺は大泣きした。全部全部出した。いつも、なんとなく、見ないようにしていた部分。親への感謝と、親への罪悪感。 「私は、そうやって考えられるあんたの母親になれて、ほんとぉーーーに良かったよ。私は紳助の一番の味方だからね、紳助を馬鹿にするような奴は私の敵だから」  母さんも涙を潤ませながら、俺の髪をくしゃくしゃっとする。 「俺、頑張る。俺、あんな奴ら、相手にしないで、あんな奴ら、見返すぐらい、勉強とか運動とか頑張る。そんで、イライラに負ける自分に、負けない人間に、なる。それで、母さんが自慢の息子って言えるようになるから」 「ありがとう、紳助」  翌日、近藤先生は少し俺と距離を取っているような気がした。  しかし、2、3日ももすると近藤先生は、前と変わらず、いや、前よりも少し気にかけてくれるようになった。あの時は、糞野郎と思っていたが、嫌なことがあっても、先生ってすごいと思った。  俺も自分から変わろう。 「本木」  授業が終わった礼をした後、直行で本木の席に言った。 「おっ、なっなんだ」  本木がびっくりする。その反応を見て俺の心拍数が上がる。でもその反応は必然だ。俺から本木に話しかけることなんて、初めてかもしれないし、早口だったし、顔はこわばっているのだから。 「ちょっと、廊下にいいか」 「おう?」  そして、廊下に連れ出す。 「あのさ、この前はさ」 「この前?」 「板倉を殴った時」 「あ~」 「止めてくれて、それでちゃんと先生に話してくれてありがとう」  俺は頭を下げた。 「あぁ、いいよ。全然」  頭だけ上げて本木を見ると、本木はほっとした顔で笑ってくれる。 「それで、お願いがあるんだ」 「ん?」  また、怪訝な顔をする。 「仕返しの協力ならしないぞ?」 「違う」 「おう」  本木の冗談だったのだろうか。でも、俺には本木に伝えたいことで頭がいっぱいで、シミュレーションでそんなボケを返すなんて想定していない。ボケだったら許してほしい。目も見ていると、言いたいことが言えなくなりそうだ。もう一度、頭を下げる。 「あのさ、俺。あの時凄い嬉しかったんだ。ちゃんと言ってくれて」  目を閉じて、思い出す。優しく背中に手を置いて職員室に来てくれたこと。 「それで、勝手なんだけれど、俺…お前と友達になりたい。俺…」  俺は手を伸ばす。友達になってくれと言って友達になるなんて普通じゃないし、おかしい奴だと思われるかもしれない。 「いいよ」  本木はあっさり俺の手を握ってきた。  俺は本木の顔を見る。 「よろしくな」 「大事にする」 「お前はホモか」 「…」  固まってしまう。 「そこは突っ込めよ!!」 「悪い」 「仕方ないな、じゃあ俺がボケとツッコミを教えてやるから」  胸にポンとグーッタッチされる。 「そんな気を遣うなよ。友達だろ?あと、直哉って呼んでくれ」  心がじーんとした。 「ありがとう、直哉」  そんな風に感動している中、後頭部に物がぶつかり、感動を遮断される。 「おっわり、わりぃ。小さくて見えなかったわ」  やつらが鞄をちらつかせながら、俺たちを通り過ぎる。  頭に嫌なものがじわっ、じわっと広がる。体も熱を帯びてくる。 「おい、お前ら!」  直哉が振り向いて叫ぶが、彼らはシカトする。 「大丈夫か、紳助」  俺は息を思いっきり吸う。そして、 「ふぅーーー」  ゆっくりと息を吐いた。 「大丈夫か」 「あぁ、俺。負けず嫌いだから。だから、あいつらの挑発には乗らない」「まぁ…逃げるが勝ちってやつ?」 「逃げじゃないんだ。俺は負けず嫌いだから、あいつらにも、過去の自分にも勝つんだ」  直哉はじーっと見つめてきて、そして、笑った。 「うっ」 「あぁ、悪い悪い。なんかさ、今まで紳助っていろんなやつにつっかかってくるめんどくさいやつだと思ってたけどさ」 「うぐ」 「でも、今の紳助なら仲良くできそうな気がするわ。改めてよろしくな」 「あぁ、よろしく」  俺の気質は変わるのかわからない。今もまだ少しイライラが残っている。それでも、この手に込めるものは別のものにしようと母が話をしてくれたあの日に決めた。だから、この握手にも俺の気持ちを乗せよう。 俺は今度は力強く直哉の手を握った。  今の自分ができる精いっぱいの気持ちを込めて。          
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加