その十二 緋の密使

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「無論、それは重々存じております。龍王さま方が龍姿にお戻りになって大地を叩き、火をふけば、我らなどひとたまりもないでしょう。  しかしもっと根底の部分で、貴方がた龍族には、この聖域を戦場(いくさば)にできぬ理由がおありなのではないでしょうか」 「……」  巽は黙した。悔しいが(あかざ)の弁は、問題の本質を射抜いている。  龍王たちが恐れているのは人間らの兵力などではない。どれだけの大軍でかかって来ようが、本気を出せば一瞬で打ち滅ぼす自信が彼らにはある。  彼らが本当に恐れているのは、彼ら自身が本気を出さねばならぬ状況に陥ることで、今の聖域の自然な調和が崩されること。  もっと具体的にいうならば、戦いの血の穢れによって、聖域が神聖な土地でなくなることだ。  その場にいた三人の龍王は、それぞれの脳裏に末弟の姿を思い浮かべていた。 (この聖域を出ては生きられぬ身のあの子のためにも、この地を戦で穢すわけにはいかない)  昴は突如、忌むべき過去の出来事を思い出し、体を震わせた。神聖でなければならぬこの土地が荒らされたことが、一度だけあった。  そしてその愚かな人間たちは、青鳳国の手の者ではなかったか。 (青鳳国……やはり彼の国は我ら龍族に冦するか。だとしたらここで緋燕を敵に回す訳にはいかない。  彼らもそれをわきまえているからこそ、こうして脅迫まがいの強引な取り引きを……。なんと卑怯な)  昴は膝の上に重ねた両拳を握りしめ、唇を噛む。さいわい、その焦りの表情は、間にひかれた垂幕のおかげで使者たちに見られることはない。 (我らはどうするべきだ。存続を選んで譲歩し人間に(おもね)るべきか……。 それとも孤高を保つが故に、この聖域を戦場にし血に穢れさせるのか。  いや、我らが不利なはずはないが、従祀の数は聖域の防御にはとうてい足りないのだから、もしそうなった場合は我らが龍姿をとって闘わざるを得ない。そうなれば、今まで人姿に化けて守ってきたものは一気に崩れ去ってしまう……)  そのとき、汗のにじむ昴の手をそっと掴んでくるものがあった。  はっと貌を上げると、傍らに座り自分を覗きこんでいる兄・(かなで)と目が合った。  奏は海青色の双眸を和らげ、昴を見つめていた。その薄い唇がそっと動いて、無声の言葉を形作る。 (よい……あとはこの私が) (ですが、兄上)  奏は昴を落ち着かせるようにひとつ頷き、垂れ幕の向こうの使者に向かって初めて口を開いた。
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