その一 末の龍王・葵

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 (さとる)は十三歳の時にここ『聖域』、すなわち龍王の領地にやってきて、もう十年になる。はじめのうちは暁も子供であったため、葵の遊び相手として仕えていた。  十年の歳月を経、暁は青年へと成長した。血の滲むような武術の鍛練の甲斐あってか、今では葵の警護侍従の長、従祀(じゅうし)長という役職に就いている。これはこの水蓮宮だけでもおよそ四十名いる側仕えのなかで、最高位の役職だ。  側仕え全体を指す『従祀』には、さらに特別な役職がある。それが将宮だ。  従祀の中で一握りの武官のみ「将宮(しょうぐう)」と敬称されている。(水蓮宮には暁をふくめ将宮位が八名いる。)  龍族ではないのに「宮」がつくのは、生き神たる龍王に準ずる、高位の聖職だという証にほかならない。従祀のなかでも限られた者だけが得られる将宮という称号は、その証の法衣の肩紐(紺色。従祀長のみ深緑)とともに一生の栄誉であった。  とはいえ、ここは俗世から隔絶された聖域。外界の知己の誰ひとりとて、(さとる)のいまの栄達を知り得る者はいないのだが……。 「ありがとう、暁」  葵は寝所の前まで送られてくると、暁の手を離した。 「いいえ、それよりも早くお休みくださいませ。お風邪を召されては大変でございます」  葵はうん……と頷いたが、まだ何か云いたそうに少し俯き、暁の目をちらりと見上げてくる。唇を開きかけ、またふるふると首を振って噤んでしまう。  その仕草で、暁は主が眠られぬ原因は他にもあるのではないかと気づいた。  普段はのほほんと朗らかなあるじが、今宵はなぜかこうも愁いを帯びた表情をしている。
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