その十二 緋の密使

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 招かれざる客人の一行は、その日のうちに聖域に到着した。  大陸一の大国・緋燕国からの正使である。  武装した兵を何十人も引き連れ、ものものしい行列を作って“龍王の聖域”に踏み入ってきたその不浄の人間どもの一行を、歓迎する者は誰一人としていない。  白装束姿の将宮・従祀たちが警戒する中、緋色の鎧に身を固めた緋燕兵らが行進する。  彼ら緋燕の兵に護られて中央を進むのは、ひときわ立派な黒馬に乗った壮年の男性。羽織っている外套に、国紋である燕の刺繍が施されている。緋燕国朝廷における、位の高い人物であるようだ。  しかし彼は、従祀たちの突き刺すような視線に臆したか、ずっと視線をあちこちに彷徨わせている。その太った背に向けて、副使が低めた声で窘めた。 「丁登(ひのと)大臣、どうぞ胸をお張り下さい。侮られますぞ」 「分かっておるわ」  大臣は背を反らした。緋燕王より重命を託されてきたのだから、見下されるわけにはいかない。精一杯威厳に満ちた態度を取ろうとするのだが、馬には乗り慣れぬせいか姿勢が悪い。半歩後ろをゆく若い副使のほうが、よほど堂々として見えた。  一行は森の迷路のような道を従祀の先導で進み、聖域の中央にある聖央宮に辿りついた。そこは聖域の中でも最も大きく荘厳な建物である。昔、七龍王の父である天龍王の御座所であった宮だが、天龍王が没し、陵が他所へ移った今では、もっぱら人界から献上品があるときなどの謁見の用途に使われていた。  使者たちは謁見の間に通された。いくつもの扉を通り過ぎるたび、扉を護る従祀たちから針のような視線を浴びる。  生まれて初めて龍王に相対する緊張から、大臣は青ざめ冷や汗を拭いはじめる。しかし副使のほうは肝の据わった男らしく平然としていた。  二人は謁見の間の中央まで進み、玉座の前で深々と叩頭した。  人間の国への不介入を続けてきた龍王は、外界の人間と顔を合わせることは滅多にない。  この者たちも、それこそ数十年ぶりに龍王に目通る外界の人間である。 「面を上げよ」  許されて、二人の使者は顔を上げた。一段高くなっている上座は薄い絹の垂れ幕で覆われ、玉座に座る者の高貴な姿は直接見ることができない。  そしてその白い垂れ幕のななめ前に、一人の武人系の男が立ってこちらを見下ろしていた。
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