その十二 緋の密使

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 体格の良い青年であった。行き掛けにたくさん目にした将宮たちの『白装束』とは違う装束を着ている。明らかに、位の高い者だ。龍王であろうか?――と、使者たちは彼を観察する。 「さっそく用件を聞こう。上座に御坐しますは我らが族の長・光龍王と、我が兄たる地龍王の両宮であられる。我は雷龍王、(たつみ)」 「龍王の御宮さま方におかれては御機嫌麗しいことと存じ参らせまする。我々は南の緋燕国より朝廷の代表として遣わされました者。私は外大臣の丁登(ひのと)と申します。そしてこちらに控えますのが…」 「副使の(あかざ)と申しまする。お見知りおきを……」  正使につづいて副使も名乗り、深々と叩頭する。  その副使・(あかざ)は頭を垂れながら、素早く考えを巡らせていた。  なるほど、龍王の長宮と次宮はあの垂れ幕の向こう側か。そろって我々を観察し、この謁見の進行は弟の雷龍王に任せるということのようだ。たかが人間に会うぐらいで、聖域にいるという龍王七名が一堂に会するとまでは行かぬらしい。  とりわけ美しいと云われている末宮の姿を、ぜひとも拝んで行きたかったのだが。  まあしかし、肝心の光龍王が垂れ幕ごしとはいえ謁見に出てきただけでも、よしとせねばなるまい。  (あかざ)がそのように思っている斜め前で、丁登(ひのと)が話し始めている。 「このたび、わが国におきまして前王が崩御、あらたに新国王が即位することになりました由、すでに龍王様方におかれてはお聞きおよびの事と存じまするが」  丁登(ひのと)は大きな図体を丸め、汗を拭きながらますます頭を垂れる。 「一月後を予定しておりますその新国王の戴冠式に、何卒、龍王さまのご列席を賜りたいものと、恐れながらお願い申し上げに参った次第であります。緋燕国は古くより、龍王さま方を生き神と崇め奉る信徒の国柄でございますれば、ぜひ新国王の冠は、龍王さまの御手により授かりたく切望致すのが国王以下、緋燕朝廷の総意でありまして……」 「要するに、」  正使・丁登(ひのと)の声を遮って、雷龍王の声が轟く。 「我ら龍族に、人間の王の戴冠式に出ろと云いたいわけだな」  まどろっこしい言い回しを切り捨てるように、巽は云い放った。 「そして新国王に冠を被せる役を頼みたいというわけだな?」 「は、はあ……簡単に申しますればそういうことでございまする」 「無理だな」  返事も素早かった。思わず顔を上げ、呆けた視線を向ける丁登に対し、巽は冷淡に続ける。
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