その十二 緋の密使

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「緋燕国王は何か勘違いをしているのではないか。我ら龍族はお前たち緋燕国だけの守護者ではない。どんな大国だろうか贔屓はしない。  我々は今まで大陸のどの国の戴冠式にも出席したことはないし、どの王の冠にも加護を与えたことはない。お前たちの王に対してもそのようなことをする気はない。  お前たちの王にしてみれば、我々の手によって王冠を受けることで“王位の正当性”の証にしたいのであろう?  聞けば、今回の王の交代は簒奪によるものだというではないか。だとすれば尚のこと、そのような気にはなれん」 「な……」  丁登は絶句する。これほど即答で断られるとは思いもしていなかったのだ。  横に控えていた副使の(あかざ)が口を開いたのはその時だ。 「雷龍王さまは、なるほどそのようにお考えのようですが、当方と致しましては、やはり光龍王さまのお考えを伺いたく存じます。冠を受けるならば、龍族の長たる光龍王さまから直接お受けしたいというのが我が王の本望で御座いますれば」  無礼極まりない発言であった。(たつみ)に向かって「三男のあんたは引っこんでいろ」と云っているに等しい。  巽が思わず壇上から足を踏み出しかける。「貴様、」  しかし天幕の中から聞こえてきた物静かな声が、それ以上の動作を阻んだ。 「おやめ巽。多少の無礼は大目に見よと兄上は仰っておいでです」  琴にのせて謳う詩人のように、麗しい声であった。姿は見えぬが恐らく地龍王・(すばる)であろう。  その声を聞くなり、巽はすっと身を引き、元の無表情に戻って沈黙した。  穏やかな昴の声は続けた。 「使者殿。いま弟が申したとおりです。龍族はどの国にもくみしませぬ。  この地に我らが居を構えてすでに何世紀という星霜が流れましたが、我らはどの国にも(おもね)ることなくひっそりと暮らしてきました。そしてこれからもそうしていきたいと考えています。今さら外界の国々と親交を結ぼうとは思いませぬ。これは雷龍やわたくしだけの意見ではなく、長たる光龍の意思、ひいては聖域全体の意思だと思って下さい」
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