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「そうは仰せられますが……」
藜は顔を上げ、身を乗り出す。
「では今まで我が緋燕国が、この神領を、悪逆な他国の侵略からお守り申し上げてきた、その功についてはいかようにお考えで御座いましょう? 緋燕国の守護なくしては、この聖域は幾度青鳳国に占領を許していたか。既にその危機は片手の数では足りますまい」
「口を慎め、人間風情が! 貴様、ふてぶてしくも我ら龍族に報酬を要求しようというのか?」
巽が激昂し、太刀の柄に手をかけた。壇上から再び一歩足を踏み出す。
「そもそも我が一族が、いつ貴様らに保護など求めた!? 貴様らがこの聖域に対する交渉権の優位を得るために勝手に聖域の外周をうろつき、それを“神領の保護”などとうたっているだけではないか!守護者気取りもほどほどにせよ」
しかし藜は、雷龍王の激しい言葉を受けても動じない。
「優位を得るためにとは、これは心外なお言葉。
我が国のこれまでの戦は、全て龍王さま方をお守りするために起こったものにございます。
青鳳国が、この聖域を占領下に置こうとして聖域北辺を度々脅かしているは、紛うかたなき事実。
対して我々、南の緋燕は、聖域の安寧を崩そうとしたことは一度たりとございませぬ。
我らは聖域に最も近き国として、当然のことですが、他国がこの美しき地を踏み躙るのを見過ごすわけには参らぬのでございます」
龍王に対しても臆することのない藜の姿を、完全にお株を奪われた丁登が茫然と見つめている。
丁登も実は、このたびの任務で初めて、この藜と共に仕事をすることになった。彼も、藜についてまだ詳しくは知らないのだ。
(龍王を前にしてのこの不遜な態度…。この男、何者なのだろう?
新王の、古参の従者だと聞いているが……)
巽の失笑が響き渡った。
「ふん、聖域の平和を護ってやる見返りに、貴様らの王の砂の玉座に“龍王のお墨付き”が欲しいというわけか。我らに恩を売りつけるとはいい度胸をしているな、藜とやら。それとも我ら龍族を貶めるのが、貴様らの新しい王の狙いか?」
「滅相もございませぬ。我が燎王はただただ、龍王さまにお越しいただけるよう望んでいるのみでございます」
「燎王……」
天幕の中から、昴の声がそうつぶやいた。
「新しい王の名は燎王とおっしゃるのですね?」
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