その十二 緋の密使

6/10
前へ
/225ページ
次へ
「は。正確に申せばまだ即位前で在られるので、現在は燎皇子(かがりおうじ)と称しておられます」  (あかざ)は答えながら垂幕の向こうに目を凝らす。  玉座に座っているはずの光龍王は先ほどから一言も言葉を発さぬ。人間ふぜいとは口もきかぬということなのか。それとも単に、緋燕国の王の交代など興味の薄い事柄に過ぎぬ、か…? 「燎皇子だと? なぜ皇子を名乗る? 緋燕国は簒奪者に皇子の位をくれてやる国柄か」  巽の皮肉が飛んでくるが、(あかざ)は動じない。 「御宮さまにおかれては、先ほどから簒奪と決めつけておられるご様子。されど、燎皇子の即位は簒奪ではございませぬ。皇子はまこと王家の血を引く正統な王位継承者であられます。  ただ、即位に際して、やむを得ぬ継承順位の変動があっただけのこと」  その意味するところは一つ。燎皇子が、自分より上位の継承者たちを排除した、ということを仄めかしているのだ。  巽はあからさまに不快な表情で使者たちを睨めつけ、黙した。  ……しばしの沈黙を破ったのは、またも昴の声である。 「おそらく人間界では、王位をめぐるそのような血なまぐさい争いごとなど日常茶飯事なのでしょうね。  ですが同じ血を流す親族の間でそうした争いが起こるのは感心できません。  ……話を元に戻しましょう。そなたたちの言い分は解ったとして、つまるところ、わたくしたちがそれでもこの聖域を出て緋燕国に招かれるつもりはないと申したならば、どうするのです」 「……恐れながら、龍王さまには何としても緋燕国にお越しいただかねばなりませぬ」  平伏の姿勢を崩さぬ(あかざ)の眼差しが、一段と不敵に耀いた。
/225ページ

最初のコメントを投稿しよう!

345人が本棚に入れています
本棚に追加