その十二 緋の密使

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「恐れながら、龍王さまには何としても緋燕国にお越しいただかねばなりませぬ。  というのも、北の青鳳(せいほう)国が近々、南に向かって大規模な侵攻を計画しているという噂があります。  建前は南の緋燕(われわれ)の領土を狙ってのことでありましょうが、その実、敵の狙いは我ら緋燕よりまず先に、この聖域こそを掌中に収めることにあると思われます。  その時、我が緋燕の軍勢なくして、この聖域を護り切ることは到底かなわぬかと存じます。  もしどうしてもお越しいただけぬというのであれば……、今後一切、この神領の守備に兵力を注ぐことはいたしかねまする」 「……」  確かに青鳳国の侵略は龍王たちにとって脅威であった。  聖域の守護など頼んでおらぬといくら強弁しても、彼ら緋燕国がたびたび、青鳳国の聖域侵略を阻んできたのも事実。  その見返りが今、このような形で要求されるとは。  しかし龍王がこれまでの慣例を破って、特定の国の王に冠を与えるということは、大きな政治的意味を持つ。  この大陸の守護者である龍王から直接冠を授かれば、緋燕王は“龍族の加護を受けた王”という名目を得たことになる。緋燕国は一層、他国に対し様々な面で優位を主張するであろう。それはこの大陸の勢力図をも、さらに大きく塗り替えることにつながるだろう。 (名実ともに緋燕の保護を受ける身になれということか……。それでも断るというなら、青鳳国に聖域を踏み躙られるだけだぞというつもりなのだな)  (たつみ)は凛凛しい眉を顰め、(あかざ)を睥睨する。そうしてやおら、腰にある剣の鍔を親指で押し上げた。 「……我らを脅迫するつもりか?」  力強い指に押し出された得物が、カチャリと乾いた音を立てた。 「そもそもなぜ、我らだけでは聖域を護れぬと云い切れる?   我ら一族を愚弄するのも大概にせよ。貴様ら人間の手など借りずとも、我々には天地の理を左右する力があるのだぞ」
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