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「さて、何を書こうか」
筆を取りつつ、動かない手。新たなお題を頂いたものの、話は上手く出来上がらない。これまでなら、お題があろうがなかろうが、関係なく次々と浮かんでいたのに、そしてその浮かんではシャボン玉のように弾けて消えるアイデアを、そっと急ぎながらすくうのに必死だったのに今は浮かんでくるのを待ちぼうけしている。
いや、ここまでの記述には少し誤りがある。浮かんて来ないのは嘘なのだ。実際には浮かんではいるのだが、その登場人物たちは私に書かせてくれないのだ。当然と言えば当然だ、今まで私に書かれてきた者達が逆に良くも言うことを聞いてくれたものだと思う。私の話はなんせ、 人が死ぬのだ。殺す必要がなくても、誰か一人は殺したくなってしまうのだ。ハッピーエンドで終わらせればいいものを、バッドエンドに変えたくなるのだ。これは小説家の性なのか、私が悪いのかはわからない。取り敢えず、誰かが死ぬとわかっている物語ならば、書かないでほしいというのが、彼らの主張なのだ。
これまでももしかすると、彼らは訴えてきていたのかもしれない。私が気づけば、その声が聞こえるようになったのかもしれない。登場人物は生きてるとは言うものの、すべて私によって作られる。本当は善良な少年も私の手にかかれば、極悪非道人になれるのだ。生きたい人間が、自殺志願者に、自殺志願者が、最後まで取り残される。私の筆が、頭が全てを操る。
私は気づけば筆を動かしていた。スラスラと流れるように書ける。久しぶりの感覚だ。きっとこの主人公自身も流石に今回は死なないだろうと高を括っていたのだろう。甘かった。私は自分の人生は小説家としてしか、生きていけないと強く思っている。書けないならば…
物語のなかで私は叫ぶ。これ以上書かないでくれ、と。でももう遅い。すでに私の上には、そして彼の上にはロープがある。後ろには台がある。彼が逝けば私もすぐに逝く。私のこの話が、世に出ることを望んでいる。彼は筆を置き、原稿用紙を少し離れたところに避難させる。そして台に足をのせ、ロープで首をくくる。そろそろ私も筆を置こう。
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