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「巫山戯ンなよ」  言いしれぬ怒りと共に、低い声が自分の口から漏れ出る。  一度、己の内から外に漏れた感情は、簡単には治まらない。  衝動のままにオレは部屋の中央で横たわる男を睨み、そして、声を大にして叫んだ。 「やい、オッサン! アンタは手前の腹ン中に飼ってるバケモノの始末も出来ねエのか? 手前で始末に負えないモンをこんな子どもに任せて、恥ずかしかねエのか?!」 「! 黙れ。これを刺激するな」  急に怒鳴ったオレに、ヤシオは面食らったらしい。  オレにものを命じる声は先程受けた注意の時と変わらないが、咄嗟にこちらを睨んだ赤銅色の瞳は僅かに動揺の色を見せていた。  ヤシオの意識がオレに向いたのは、ただ一瞬のみ。  だが、その一瞬を悪いものは見逃さなかった。  ブワリ!  男の周りに蔓延っていた黒い靄が一層濃さを増し、勢いよく翼状に広がる。 (威嚇?)  そう思った瞬間、それはオレを狙って一斉に襲い掛かってきた。  あまりの迫力に茫然とするオレに、ヤシオが声を上げる。 「鏡を客人に向けろ!」 「!」  その一声は鋭く、速く、正に矢の如くオレの思考を穿つ。  我に返ったオレが、慌てて持っていた鏡を男に向けるのとほぼ同時に、黒い靄の塊が鏡にぶつかった。 「うおっ!!……お?」  視界中を黒に染めた巨大なそれ。だが、衝撃による音や重みは感じられない。  それどころか、猛々しくオレに襲い掛かった筈の黒い靄は、立ちはだかる鏡ごとオレを飲み込むこともなければ、鏡にぶつかって四散することもなく、たったの一瞬でこの空間から消え失せてしまった。  では、黒い靄はどこに行ったのか。 (鏡の中に吸い込まれた? いや、鏡の中に飛び込んだ?)  なるべく鏡を動かさないように気をつけて、その表面を覗き、見えたものに思わず声を上げる。 「なんだ、こりゃ?」  そこにあったのは、傷ひとつないピカピカの鏡ではなく、真っ白に濁った磨りガラスだった。
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