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「悪いものを封じた鏡はこうなる」 「うおっ、近!」  オレの疑問に答えたのは、いつの間にかオレのすぐ傍まで寄っていたヤシオだ。  その手には、何処からか持ってきたらしい漆黒の風呂敷が広げられた状態で持たれていた。 「手品でもするのか?」 「ここでお前に奇術を披露してどうする」 「え、その物言いだと、なんかできるのか?」 「もし、できたとしてもやるものか」  ――馬鹿を言うな、と呆れつつ、ヤシオはオレが持つ白濁した鏡に風呂敷を掛けて覆う。  それを二人がかりで慎重に場に伏せて、風呂敷の端を結ぶと、ヤシオはおもむろに立ち上がり、出入口へと足を向けた。 「おっさん放っていいのか?」 「……どこぞの阿呆が、段取り踏まずに強引な祓いをしやがったから、用が済んだ。そのせいで、客人は廃人寸前だが……」  ふと立ち止まったヤシオは振り返り、横たわる男に一瞥くれたが、その表情になんらかの感情を表すことは特段ない。  彼の表情から読み取れそうな思いを強いて上げるとすれば、"疲労"の二文字くらいか。 「まあ、この男に関しては、どう手を尽くそうが結果は同じか。これ以上、俺が面倒を見る義務も義理もない。もういい。俺は休む」  ヤシオはそう述べると、今度こそ有無も言わさず戸を開けて、体を引き摺るように部屋から出て行った。  廊下の照明の下に出た彼は、包帯だけでなく着物にも赤黒いシミを拵えていて、見るからに満身創痍の状態である。  疲れ果てた様子のヤシオも心配だが、部屋に取り残された男も気掛かりだ。  なんせこちらは、悪いものこそ放たなくなったものの、生気を失い、ピクリとも動かないのだから。  男はいつの間に目覚めたのか、その淀んだ瞳が天井を茫と見詰め、ひび割れた唇を微かに震わせ、何やら声を漏らしている。 「そうか……私は、己の腹の中で……バケモノを飼っていたのか」 (聞いていたのか)  ようやく聞き取れたしわがれ声から察するに、男はオレの怒鳴り声を聞いていたらしい。  まだなにやらブツブツと呟いてはいるが、上手く聞き取れない。  オレの耳にはどうにも、何処ぞの宗教の御経なんだか、下手をすると呪詛のようにしか聞こえず、早々に聞くことを止めた。  ……なんというか、それを聞き続けたら、こちらまで悪いものに冒されてしまいそうな気がしたのだ。 (まあ、生きているのなら心配は無用だろ)  オレは男に形ばかりの一礼をして退室すると、壁伝いにノロノロと廊下を渡るヤシオを追った。
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