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 長時間の胡座で脚が痛い。これでは、ヤシオを追うのも一苦労だ。  ヒョッコヒョッコと歩きながら、前方を行くヤシオを見遣り、頭の中で色んなことを考える。  あと数日もすれば、オレはこの屋敷での奉公を終えて、給金を手に、家に帰る予定だ。  家に帰ればこっちのもの。以降は仕える者をバケモノと呼ぶ、ここの屋敷の連中の醜い顔を見ずに済む。 (けど、ヤシオは?)  この屋敷で唯一、会話をしていたオレがいなくなったら、ヤシオはまたひとりになる。  オレがずっと鬱屈とした思いを抱いてきたこの環境に、ヤシオはいつまで囚われ続けねばならないのだろう? (こんなの同情でしかない。でも――)  胸の内のモヤモヤを振り払うように、オレは前方にいるヤシオに向けて叫んだ。 「ヤシオー、お役目お疲れ! あのさ、オレ、決めた。お前といると面白(おもし)れーから、春休みにまた監視役に来てやるよ! 有難く思え!」 「役目の邪魔を仕出かす奴が来ることに、感謝なんぞしてたまるか!」  ヤシオは勢いよく振り返って怒鳴り声を上げ、次いで、脱力したように吐息する。 「まあ、人形みたいな使用人に世話されて、疫病神同然の客人の相手をするよりかは、お前とかくれんぼをする方が面白そうではあるな」  そう告げながら浮かべられたヤシオの笑みは、ちょっとばかり大人びてはいるものの、オレや同年代の奴らの笑顔とそんなに変わらない。 (そりゃそうだ。ヤシオはバケモノなんかじゃなくて、オレと同じ、普通のこどもなんだから)  そんな簡単なことに気付かない限り、使用人連中は、ヤシオをバケモノ呼ばわりし続けるのだろう。自分達の本性こそが、バケモノじみているとも思わずに。  ヤシオに追いついたオレは、じゃれつくようにその背中を押して、先を急がせた。  あのバケモノを腹の内に飼っていた男のいる部屋から遠ざけることで、ヤシオが辛い役目のことをさっさと忘れてしまえるように。
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