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 布団が部屋の中央に敷かれた、板張りの六畳間。  布団の上には、痩身の男が仰向けで寝かされ、その枕元には白装束姿のヤシオが座している。  オレがいるのは、この部屋の出入り口の前。  白装束を着せられ、直径二十センチの丸鏡を両手で支え持った状態で胡座を掻いている。  部屋は只でさえ寒いのに、尻に戸から吹く隙間風が当たって、凍っちまいそうだ。 (寒いわ、臭えわ、不気味だわで、ちょっとした地獄だな)  オレは鼻先を掠める香の煙と、横たえられた男の放つ饐えた臭気に眉を顰めつつ、部屋中に視線を這わせた。  部屋は全体的に暗い。  それは夜のせいばかりではなく、明かり取りの窓が木戸で隙間なく塞がれているからだ。  照明があるにはあるが、部屋の四隅に置かれた燭台の灯火ではたかが知れている。  天井付近の濃い闇や、物陰に潜む影の黒さも不気味なことこの上ないが、頼りない明かりに照らされているものも、なかなかにパンチが利いていた。  部屋の四方の壁に貼られたお札。  出入り口を除く三方の壁際に立て掛けられているのは、大きな姿見。  部屋の四隅に設えられた燭台の脇には、盛り塩、焚かれた香木、繻子の台座に納まるピンポン玉大の水晶玉が鎮座する。  お祓いという、特殊な用途の為に設えられた部屋というのは、こうまで異質なものなのか。  とんだ場面に付き合わされたものだ、と胸中で毒づきながら部屋の中央に視線をやった。  部屋の中央で横たわるこの男が、お祓いの対象者なのは言うまでもない。  見た目から推測するに、年は三十代か。  土気色の肌、落ち窪んだ眼窩、痩けた頬を見る限り、とても健康とは思えない。  夢見も悪いのだろう。絶えず魘されているのが、一層哀れだった。  男はどこぞの金持ちらしい。  彼の着ている寝間着の胸ポケットには、ガキのオレでも知っている高級ブランドのロゴマークが刺繍されている。 (金持ちだから幸せってわけでもねえんだな)  オレが男を不幸そうだと感じたのは、なにも、彼が病を患っているように見えるからだけではない。  目を凝らして男を窺えば、男の頭の天辺から足の爪先まで、全身余すことなく薄っすらと黒い靄が滲み出ているのが視えた。  ここに入室前に、ヤシオから「一切の口利きを禁じる。また、客人についての質問は受け付けない」と厳重に命じられていたから、現状の詳細は知らないし、お祓いについても然程詳しいわけではない。  だが、それでもわかるものはある。  この臭気を放つ黒い靄は、ヤシオが祓おうとしているもの――通称・"悪いもの"だろう。
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