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悪いもの。それは邪気や穢れの総称であり、ソレが凝れば、人に厄を齎す害悪な存在・呪になる。
祓い師の力が大してないオレでも、日常生活の中で、気配のみでもふいに感じることがあるソレ。
だが、このような黒い靄の形を取ったものを視るのは初めてだ。
(それだけ悪いものが凝ったってこったな。一体、なにを仕出かせば、こうなるのやら)
余程たくさんの悪いものを他者より受けたのか。或いは、このヒト自身が悪いものを量産し続けていたのか。……それともその両方か。
いずれにせよ、男の業の深さを窺える。
男の業について考えていると、ふと、甲高い笛に似た音が聞こえた。
音の出処はヤシオだ。
こちらを見てはいないものの、一際険しい表情をしている。
「雑念が喧しい」
端的に注意され、肩を竦める。
口も頭ン中も静かにしろとは、なかなかに難題だ。
(この部屋に入って結構な時間が経ったよな。ただジッとするだけでも酷なもんだ。なんでヤシオは平気なんだ?)
白装束が異様に様になっているヤシオは、男の額に水晶玉を当てた格好で折り目正しく座り、微動だにしない。
(もしや、コイツは人形なんじゃねえか? 包帯の下に継ぎ目があっ……て)
いつもヤシオの首に巻かれている包帯が目に止まる。
燭台の灯にぼんやりと映えるそれは、入室直後は確かに白かった。
だが、今は首筋の辺りに赤黒いシミができていて、徐々にではあるが広がっているのも認められる。
はたと気付いて、ヤシオの袖口を窺えば、手首に巻いた包帯も血塗れになっていた。
その包帯の下がどうなっているのか、オレは知らない。
だが、幾重にも重ねた包帯に赤黒いシミを拵えてしまうような大層な生傷がそこにあるのは確かだ。
(この部屋にいる奴は、ピクリとも動いちゃいない。なのに、どうしてヤシオは血を噴いてる? 悪いものにやられたのか)
ヤシオを傷付けられるものがいるとすれば、考えられるのは、男から湧き出る悪いもの以外に考えられない。
粗方、祓われることに抵抗して、祓いを施しているヤシオを攻撃しているのだろう。
ヤシオが悪いものにより、どんな苦痛を強いられているのか、オレには見当もつかない。
だが、包帯のシミが広がるのを見止める度に、彼の負う苦痛を思い、心配になった。
(なあ、ヤシオ。お前、そんなに血ィ噴いて、絶対に痛いだろ? なのに、眉一つ動かさないなんて、我慢するにもほどがあるぞ。どうして、平気な顔していられるんだ?)
動揺するオレの脳裏に、ふとある言葉が浮かんだ。
――バケモノ。
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