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 祖父母、父、屋敷の使用人、それぞれの口から出た、棘を持つ呼称。  非人道的な行いをする者、不気味な様を見せる者、圧倒的な力を持つ者、異端者などの意味がその呼称には籠められている。 (ひょっとして、使用人達がヤシオをバケモノ呼ばわりするのは、この有り様を見たからか?)  この屋敷を訪ねる客のほとんどは、祓いが目当てなのだと、以前、ヤシオは言った。  祓いを必要とするほど悪いものに冒された者というのは、大抵が心身を病んだ状態になっている。  特に、祓い師として随一の腕を持つとされるヤシオを頼る客人となると、かなり厄介な状態に陥った者も多かろう。  例えば、衰弱して命の危機に瀕する者や、自己を失った者、気に喰わないことはすべて暴言や暴力に訴える者など。  その他にも、オレみたいなガキでは想像もつかないような悲惨な状態の者がここを訪ねたとしても、不思議ではない。  だが、ヤシオはどんな者が訪ねようとも、今のように動じることなく客人を受け入れ、坦々と祓いを施してきた筈だ。  長時間に及ぶ役目は辛いに違いない。  祓われることに抵抗する悪いものは、兎に角、あらゆる苦痛をヤシオに強いるだろう。  だが、ヤシオはそれらを黙って甘受し、堪える様子すらおくびにも出さない。……弱っている姿を見せたら、悪いものが更に抵抗を強めることを知っているから。  オレとそんなに年の変わらない――大人であるとは言い難いヤシオが、年不相応な忍耐力と態度を見せるのは、ひとえに祓い師として多くの経験を積んだからだろう。  そんな彼の有り様をすぐ傍で目の当たりにしておきながら、使用人らは尚もヤシオをバケモノと呼ぶ。  それは、並大抵の祓い師では面倒の見れない客を取る彼の、桁外れの能力を畏れてか。  どんなにその包帯の下にある傷が血を噴こうと、まるで機械か人形のように顔色ひとつ変えずに、坦々と役目を果たすその様を異様と思ってか。  いずれにせよ、彼らはヤシオを異端視し、あろうことか、気味悪がっているのは確かだ。 (もしもそうなら、冗談じゃあねえぞ)  ヤシオの陰口を囁き合う彼らの醜い様を思い出し、フツリと怒りが込み上げた。  気に入らない。  他者をバケモノ呼ばわりする連中が。  役目だからと宣って、体中に包帯を巻いたこどもに、更なる苦痛を強いるその厚顔さが。  そのこどもが身を削って人を救ける姿を見ても、気味悪がるばかりの神経が。  持て余すだけの悪いものを抱え込んだ挙句、他人に尻拭いさせているこの男が。  そして、役目を果たそうとするヤシオを見て、一瞬でも"バケモノ"と思ってしまった自分が。 (何がバケモノだ。一等のバケモノは手前らじゃねえか)  今までオレが見てきた大人達の醜態。  それはオレに鬱屈とした思いを抱かせたけれど、ヤシオの境遇を窺うことで、オレの中の大人達へのわだかまりと、それを黙って見過ごしていた己の腑甲斐なさが怒りへと昇華した。
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