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1日目
「山中で、熊とか狼に育てられたかった」
部活終わり、他の部員たちが着替え終わるのを待っていると、同級生の梁田俊作がそんなことを言い出した。
「は? どういうこと?」
スマホゲームを中断し、梁田の顔を見る。冗談を言っている顔ではなかった。
「なんかカッコよくないか?」
目を輝かせながらそんなことを言う同級生に、俺は驚きを隠せない。
「そういうのって中学生ぐらいまでじゃないの? 俺ら高校生だぜ? 来年受験だぜ? そんな夢みたいなこと言ってる場合じゃ……」
「ちょっと待てよ」
言い終わる前に静止された。
「高校生になったら、夢を語っちゃダメなのか?」
とんでもなく真面目な顔で言ってきた。理解に苦しむ。
「いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあ良いだろ! 山の中で動物達に育てられる夢を語ったって!」
「もしかして、これから育てられる予定なの?」
「最初は幼少期に育てられたかったって流れで話してたけど、今はこれから育てられるのもありなんじゃないかなって思ってる」
「襲われると思う」
「え、なんで?」
「人だから」
梁田は絶句した。
「じゃあ、動物に幼少期育てられた奴はどう説明するんだ!」
「それ、フィクションだから」
再び梁田は絶句した。
それから少しの間黙っていたが、やがて自嘲するような薄笑いが聞こえてきた。
「はははは、そりゃそうだ。どうかしてた。アレだ、面打たれすぎたからだ」
俺たちは剣道部だ。剣道が危険と思われたら困るので主張しておくと、面を打たれ過ぎて頭がどうかしてしまったという話はあまり聞かないし、そもそも梁田は身長が高いので、面をボカスカ叩かれることはあまりないはずだし、そもそも彼は普段からそんなことを言う奴である。それを指摘したら、面倒なことになりそうなので言わないけど。
「お、来たみたいだな」
更衣室の扉が開く音に続いて、ゾロゾロと他の部員たちが出てきた。
「お待たせ。さ、帰るか」
部長の石野が言った。
「うぃ」
俺と梁田は立ち上がった。
この物語は、道着から制服に着替えるのが早い俺と、その日早く着替え終わった部員が、ダラダラと話し合うだけのヒューマンドラマである。
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