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5日目
「なあ! なあなあなあ、翔也! あの女の子いつまで来るのかな! あの子の面受けた? マジで頭割れるかと思ったんだけど!!」
背後から俺を呼ぶ声がきこえる。このやたらと大きな声は、八田幸太郎だろう。振り返ろうとすると、それよりも早く、八田は俺の背中に飛びついてきた。
「もーもーもー、嫌だ!! マジで痛かった。頭割れるかと思った。嫌だぁぁぁぁあ!」
俺の肩を揺さぶりながら、彼はそんなことを言った。
八田の言う女の子というのは、近所の剣道教室に通っている中学生で、顧問の先生の人脈によって高校まで練習に来ている。やたらと痛いメンを打ってくるのが特徴的だ。
「止めろよ、離れろよ」
強引に引き離すと、八田は悲しそうな顔をして、ちょこんと隣に座った。
「本当に痛かったんだよ。後二発食らってたら、頭割れてたと思う。危ないところだった」
「良かった。殺人現場にならなくて」
「茶化すなよ!」
八田は口を尖らせる。
「ごめんごめん。まあでも、確かに痛かったな」
そう言うと、八田の表情がぱあっと明るくなった。
「だろ! そうだろ! エグるような痛さなんだよ! 俺、石野よりメン痛い奴初めて見たよ。痛すぎて走馬灯見たよ」
「それは嘘だろ」
「本当だって!」
「この前、シーブリーズが目に入って、走馬灯がっ! て言ってただろ」
「そうだよ。俺の走馬灯は、頻繁に流れてくるんだよ」
「そんなにゆるい走馬灯は聞いたことない」
「ゆるい言うな! そもそも、ゆるい走馬灯ってなんだよ! 悪口が独特過ぎるんだよ!」
「はいはい、ごめんごめん。それで何だっけ?」
「だから、あの子いつまで来るのって話!」
「知らないよ。本人に聞けよ」
ちなみに、本人は既に帰宅している。まあ本人がいたら、こんな話は出来ないのだが。
「聞けないよ。人見知りだもん。あー、もう本当に嫌だ。新人戦があるから、ただでさえ練習が厳しくなってるのにさあ。このままじゃあ頭破壊されちゃうよ」
八田は涙ながらに頭を押さえる。
そして、ポツリと呟いた。
「何で皆んなは、耐えれるんだろう」
「うーん、まあ痛いんだけど、そんな騒ぐほどでもないかな」
「なんだよ、俺の頭が弱いのか。アフロのカツラでも買ってこようかな」
「緩衝材?」
「そうそう」
思わず笑ってしまった。
「な、何、どうした」
八田は頬を紅くした。
「面白い発想だなと思って。あ、ほら、帰るぞ」
全員の着替えが終わったので、俺は先頭に立って武道場を出た。
「あ、待って。なあ、いつまで来るのか聞いてくれよー!」
八田は道中で別れるまで、ずっとこの話をしていたのだった。
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