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子供は7つまで神様のもの、とはよく言ったものだ。俺は確かに7つまでは神霊の姿を見たり、声を聞くことができていたんだ。
今はもう神霊の姿形はほとんど記憶にないが、ただ1人、忘れられない霊がいた。
色が白くて髪の長い、儚げな少女の神霊。年の頃は12.3といったところだろうか。
何をするでもなく、遠くのほうからジッと俺を見てくるだけ。
俺は神霊が見えるたびに家族に伝えたんだが、神霊が見えるだなんて誰1人信じてくれなかった。
俺の家族は父ちゃん、母ちゃん、妹の小夜、そして俺、勝真の4人だ。本当はもう1人 年の離れた兄弟がいたらしいけど病気か何かで死んじまった。
それも俺が生まれるずいぶん前のことだから俺も詳しくは知らないんだけどな。今はこんな状況だし、病気で死ぬやつなんて珍しくもなんともない。
まぁ、昔の話はこれくらいにしておこう。
今の俺たち生活はひどいもんだ。
この夏の日照りのせいで作物はほとんど枯れちまったし、その上税は重い。
まったく、都にいる天皇(すめらみこと)とやらは何を考えてるんだか。俺たち農民の身にもなってみろってんだ。
今日だって食うものが全くないし、これからの生活はどうなることやら。
まだ夏が残る暑い日差しの中、俺が畑を耕していると突然父ちゃんがものすごい形相で走ってきた。
「大変だ!役人が来るぞ!」
この前も来たのにまた来るとは……。
前回は税を納めろだとか言って俺の家の残り少ない食料をありったけ奪い取っていった。今はもう何も残っていないのに一体何をするつもりなんだよ。
うちにやって来たのは3人の役人。ずかずかと家に入ってくるやいなや、俺たちをジロジロと睨みつけてきやがった。まったく、気に食わない奴らだよ。
そう思いながら、3人の様子を見ていると、俺にぐいっと近づいてきた。
「な、なんだよ……」
「まぁまぁ、聞いて驚くな。嬉しい知らせだ」
そして、そのうちの1人が俺にあることをささやき、高らかに笑いながら帰っていった――。
――信じられなかった。
家族が呆然とするなか、俺はいてもたってもいられなくて家を飛び出した。
どこでもいい。1人になれるところに行こう。
俺は無我夢中に走り回ると小高い丘に木が1本生えているのを見つけた。
あそこでいいか……。
細い枝を掴みながら上の方へよじ登る。すると真っ赤で綺麗な夕焼けが見えた。
へぇ、ここ、結構眺めがいいじゃんか。こんな場所があるだなんて知らなかったな。
そうしてしばらく景色を眺めていると突然後ろから声が聞こえてくる。
「こんな所で……どうかしたの?」
ハッとして振り返ると、長い髪に白い肌……、昔見たことのある少女の神霊がいた。
「お前は……俺のことを見ていた……」
「そう、よく覚えていてくれたのね」
「でも何で今話しかけてくるんだ……? もう俺は神霊なんて見えなくなったし、……ていうか何で今お前のことが見えてるんだ?」
俺が困惑していると少女はふふっと笑い、
「黄昏時だからよ」
と答えた。
「黄昏時はこの世とあの世が交わる時間。だから今の時間だけ、今のあなたの前にも姿を現して話すことができるの。本当はいつもみたいに見守るだけにしようって思ったけど、あなた、何だか寂しそうだったから」
「別に……。お前には関係ないだろ?」
するとまた少女は笑った。
「そんなことないわ。私、あなたの姉だもの。あなたが生まれる前に死んでしまったけど」
「母さんから聞いたことある……確か名前は夕凪って……」
驚いた。まさか少女の神霊が自分の姉だったとは……。
夕凪は俺の目をじっと見つめながらゆっくり呟いた。
「私、死んでからも家族の事が心配でずっと見守っていたの。今は生活が大変かもしれない。でも、あなたは1人じゃないから」
「そ、か……ありがとな」
真っ赤な夕日がそろそろ山の奥に沈もうとしていた。
すると夕凪は儚げに笑い、
「もうすぐ夜が来るから私の姿が見えなくなるわね。また、黄昏時になったらここに来てちょうだい!私、あなたともっと話したい!」
そう嬉しそうに言った。
「……そうだな。また、会いにくるよ」
と俺は呟くとそっと木から降りて家へと帰っていった。
――ごめん、俺、ついさっき防人に任命されちまったんだ。
あなたとはきっともう2度と会えない。
さようなら、夕焼けの君――。
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