Pretender

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出勤前と仕事終わり 平日はほぼ必ずと言っていいほど cocotiのスタバに行く。 窓にわりと近いカウンター席で スターバックスラテを飲むのが日課。 コーヒーは元々好きで スタバに限らずよく飲みはしていたけれど 今までにも増してコーヒーを飲むのは…。 もっと言うと cocotiのスタバに限定して行くのには理由がある。 私は今、気になる人がいてる…。 名前は知らない。 もちろん、 年も何をしてる人なのかもわからない。 その人はここの近くで働いているのか高確率でこのスタバにいる。 窓際の席に座って、たぶん仕事なんだと思うけど パソコンをしていたり、資料みたいなものを見ている。 たまに同僚なのか取引先なのか 打ち合わせをしているのを見かける時もある。 見た目、自分よりは5歳くらい若そうに見えるけど 童顔ってだけで多分同い年くらい。 いつ見てもおしゃれで私服ってことは アパレルなのか美容師なのかITなのか…。 アパレルと美容師ならパソコンはしなさそうだから とりあえず何かしらのスキルを持った人なんだと思う。 私はここからそう離れていないところにある会社でOLをしている。 誰でもできる仕事と言われたら多分そう。 私の代わりなんてすぐ見つかる。 29歳、あと1ヶ月で30歳になる。 夢もない。 彼氏もいない。 ただ毎日なんとなく、 仕事に行って 同僚とランチして 仕事終わりに買い物したり 友達と遊んだり。 そんな、なにもないただの女で そんな、なにもない日常を過ごしている。 1年前に 可もなく不可もない彼氏とは ただなんとなく別れてしまった。 あのまま付き合っていたら それこそ可もなく不可もない結婚生活が待っていた。 だけどあの時は平凡というワードにひたすら嫌気が差していた。 だからと言って、 別れてから私が刺激のある毎日を過ごしているのかと聞かれたら 答えは確実にNo. 結局、可もなく不可もない毎日を過ごしている。 きっと彼のことが気になるのは そんな自分とは正反対でキラキラしてるように見えるからだ。 だから私は彼を一目見たくて、毎日ここに来てるんだと思う。 朝会えた日は “今日は良いことありそう。” って思うし 夜会えた日は “良い夢見れそう。” って思う。 そう平凡な私にとって彼は良い意味でスパイスで私に想像と言う名の刺激を与えてくれている。 そんな日々が2ヶ月ほど続いたある日 朝は会えなかった彼が、仕事帰りに立ちよったらいつもの窓際ではなくカウンターに座っていた。 少し緊張しながら斜め前の席に座る。 近くで見るとやっぱりカッコいい。 今日は、最近よくかぶっているキャップに これもほぼ毎回かけている少し青?かな、色味のついたメガネ?サングラス?に ネイビーのブルゾン。 ブラウンのパンツをはいていて ヴィンテージなのかいかにも高そうなミッキーのグレースエットを着ている。 ミッキーのスエットって家着なイメージがかなりあったけど、 イケメンが着るとここまでオシャレなアイテムになるのかと思ったら関心でしかない。 そんな完璧な彼はいつもに増して集中して資料を読んでいる気がした。 私が1分に1回チラ見をしても全く気づく様子もない。 だけど急に私の視線に気づいたのかと焦るほどのタイミングで スマホを手に取って周りを見渡す。 そしてこっちを見てニコッと笑った。 “今、私に微笑んでくれた?どうしよう笑った方がいいのかな。きっと毎日、私がここに座っていることに彼は気づいているんだ。” そう思って彼に微笑みかけようとした瞬間、 彼は満面の笑みで手をふってきた。 明らかに私を通り越した先にある何かを見ている。 恐る恐る視線の先を見ると すごく綺麗な女の人が立っていた。 彼女はキョロキョロしながらやっと視界に彼が入ったのか、手をふりながら私の横を通りすぎていく。 彼と彼女が一緒にいるところを見たとき、初めて自分が彼に片想いをしていたことに気づいて溢れだしそうな涙をこらえるために バッグからイヤホンを取り出して音楽を聞いた。 よりによって流れてきたのは official髭男dismのPretender。 彼に自分には持っていない何かを感じて、妄想の中で自分自身の虚無感を埋めていた。 でもそれは、勝手なラブストーリーでひとり芝居。 そう、現実は真逆でただ居合わせただけのお客同士。 私と彼が劇的なロマンスの展開になることなんてあり得ない。 もっと違う設定でもっと違う関係で 出会えていたなら 私がもっと違う性格でもっと違う価値観で 声をかけることができていたら そんなことを今さら考えても無意味…。 彼の運命のヒトは私じゃない 辛いけどそれが現実。 じゃあ私にとっての運命の人は誰? 私にとって彼は何? “好きです。“ とか何も気にせず言えたらいいのに…。 Pretenderの歌詞が自分にリンクしてくる。 きっと今人目を気にせず一筋の涙を流すことができたら私は この可もなく不可もない毎日から抜けだせるのかもしれない。 そう思ってもう一度、彼と彼女を見た。 愛しそうに彼女を見つめる彼と 満たされて幸せそうな彼女の周りだけが キラキラと極彩色に輝いて見えた。 私はキラキラだったりこの極彩色に惹かれていたんだ。 そう言えば昔から 色が放つ自由を手に入れたかったり、極彩色に輝く日々に憧れていた。 そう私は昔 “カラーコーディネーター” になりたかった。 だけど、自分で勝手に無理って諦めて今に至る。 私にとって運命の人は誰かはわからないけど 私にとって彼は目指すべき自分を思い出させてくれるそんな人だったのかもしれない。 “カラーコーディネート“ またイチから勉強してみよう。 そして、自分に少し自信が持てたら 『隣良いですか?』 と声をかけてみよう。
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