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1年たってやっと遠回りせずに家まで帰れるようになったけれど まだ引っ越しをしていないのは偶然会えるかもしれないっていう期待を捨てられないでいるからかもしれない。 2人でよく行ったあのお店に別れてから1度も行っていないのは偶然会うのが怖いからかもしれない。 こんなに簡単に目の前からいなくなるなんて思ってもみなかった。 いつも仕事を優先してドタキャンばかりしていたけれど わかってくれていると思っていた。 連絡をマメにできない私を いつもと同じように許してくれるって思っていた。 何があっても 優しく抱きしめてくれるって信じていた。 自分勝手にしてきたのは私なのに 別れて1年が経っても まだ私は前に進めていない。 私は高校生の頃に趣味でしていた占いサイトが当たると評判になって それからは占星術家としてWebや雑誌で星占いやエッセイなどを書いている。 もちろん、対面占いも予約制ではあるけれど時間が許す限りやらせてもらったりして 原稿の〆切に追われたり、急な特集や対談で予定通りに仕事が進まないことも多いけれど、充実した毎日を過ごしていた。 エッセイや星占いを書くときは決まって私語厳禁のお一人様カフェに行く。 店内は落ち着いた時間を過ごせるように 全部が趣の違う1人用の座席になっているので気分もリフレッシュされて仕事が捗る。 匠と知り合ったのもここだった。 当然、おしゃべり厳禁なので1年以上同じお店に通っていても接点はなかったし お互いが常連客の1人だという認識しかなかった。 そんな空間でただ顔見知りなだけの私たちが 話をするようになったのは 急な雨で困っていた私に匠が傘を貸してくれたからだった。 お礼を言いたくても連絡先を知らない、名前もいつお店に来るかもわからない。 だから私は傘に手紙をつけてカフェのマスターに渡してもらうようにお願いした。 その後は匠も返事をくれたので、時よりお店で会ったときは筆談ノートを使って会話をするようになっていった。 ちゃんと話をしたのはそれから3か月後、偶然お店の入り口で会ったときで なんとなくお互い中に入ることを躊躇い 『もし、お時間があれば今日は別のカフェで話をしませんか?』 と匠が誘ってくれた。 この日はどれくらいの時間一緒にいたのかわからないけれど、夢中でお互いの話をしていた気がする。 この出会いが必然であったかのように、私たちは付き合いだした。 『俺たちは運命なのかな?占い的にはどう?』 『私は自分の占いはやらないんだ。』 『なんで?』 『先入観もあるし、自分の事だと結果を良いようにしか捉えないでしょ?』 『確かに…。』 『それに、匠とのことは良くも悪くも未来を知りたくない。いつでもワクワクしてたいから。』 こんな話をしたことがあった。 この時は確かに私も匠のことを見ていたはずなのに、いつのまにか甘えて、寄りかかって “信じている”って言葉ひとつで努力をしなくなっていった。 匠はいつも笑って私を許してくれて 私はそれを匠の愛だと思い込んで、匠の気持ちの変化に目をそらしていたんだと思う。 別れを告げられて当然…。 1年たった今もまだ忘れられないでいる。 後悔しているのか未練なのか…。 そんなことを考えながら、遠回りせずに帰れるようになった道を歩いている。 信号待ちをしていたら、向かい側に見覚えのある笑顔の人が女性と立っていた。 目をつぶって大きく深呼吸をしてからもう一度みてみると、その笑顔の人は間違いなく 私を包み込んでくれていた優しい匠だった。 笑顔が涙で滲む。 1年もたてば別の誰かがいることくらいはわかっていたけれど 私の時間は止まったままだったから 匠のことを占わずにきたのは現実を知るのが怖かったから。 でも、1年前と変わらないあの笑顔をみたら “これで最後の涙にしよう。“ って不思議と思えた。 青信号に変わって、私はうつむくことなくまっすぐ前だけをみて匠とすれ違った。 きっと向こうは私に気づいてはいない。 ”たまには自分のことを占ってみよっかな。“ と急に思ったのは、新しくなにかが起こりそうな予感がしたからかもしれない。 善は急げ! 思い立ったら即行動! 家に帰って、手始めに1カードを引いてみる。 『運命の輪か…。』 何かが起こりそうな予感…。
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