Me and Her

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Me and Her

彼女が店に入ってきた瞬間、俺と彼女の視線は一瞬交差した。 たった数秒で俺の心は撃ち抜かれて時間が止まったような感覚に襲われる。 俺がお客様を席まで案内することなんて忙しい日じゃないとありえないけれど 気がつけばおしぼりと水を片手にメニュー表を持って彼女の前に立っていた。 『いらっしゃいませ。こちらのお席へどうぞ。ご注文が決まりましたらお声かけください。』 変な日本語と少し裏返ってしまった声に俺自身がドン引く。 『じゃあ、アイスのカフェラテで。』 と笑顔で言った彼女が天使に見えるなんて俺の頭は夏の暑さでどうかしてしまったのかもしれない。 『すみません。あと、おすすめのケーキってありますか?』 そう言われて一瞬考えたけれど 女の子が美味しいと思うケーキの定義なんてわからない。 だけど彼女はイチゴのミルフィーユって感じがしたから 『ミルフィーユですね。』 と知ったかぶって答えると 『確かに美味しそう。じゃあ、ミルフィーユで。』 と俺の言葉を信じ彼女はオーダーをしてくれた。 『お待たせ致しました。アイスのカフェラテとミルフィーユです。』 と言ったのはいいけれど 彼女は仕事をしているのかテーブルが資料でいっぱいになっていて置けるスペースがない。 『ごめんなさい。すぐ片付けます。』 と言って彼女は資料をひとまとめにしてから 『ありがとうございます。』 と俺からラテを受け取ってくれた。 その時、微かに俺と彼女の指が触れあって 俺はたったそれだけのことなのにドキドキしてしまっている。 この天使で女神のような女は何者なんだろうか。 一瞬で俺のすべてをかっさらっていって だけど“なにもしてません”って顔で俺に微笑んでいる。 計算だとしたら質が悪いし 天然だとしたら魔性だ。 夏の暑さのせいにしてしまいたくなるほど頭がくらくらする。 カウンターに戻ってきた俺に親友の麻木が 『圭太、あの人のこと気になるんだろ。 わかりやすすぎ。』 と笑いながら言ってきたけれど いつもなら “ありえねー。” とか “なんとも思ってねーよ。” とか言えるのに 今回ばかりは図星過ぎて返す言葉がない。 俺がヤバイ男と思われるのを覚悟して 彼女にこの後声をかけたら 俺と彼女の未来は繋がるんだろうか。 “この先の時間を君と2人で過ごしたいんだ。” なんて自分でも寒気がする歯の浮くようなセリフを言ったらどうなるんだろうか。 もし俺が彼女の手を取れるのであれば握った手は絶対に離さない。 俺だけに最高の笑顔をこれからも見せてほしい。 きっと俺は君が笑っているだけで幸せだ。 俺の世界は君の笑顔で回ることになると思う。 “刻一刻と変わっていく世界を これからは2人一緒にすごそう。” 俺の頭の中は彼女に伝えたい言葉が溢れだしてきてパンク寸前。 『圭太、声かけるつもりなの?ちゃんとわかってる? お前は春からスペインに行くんだぞ?だから可織とも別れたんだろ?後になればなるほど別れが辛くなるからって。』 『そうだよ。なんの制限も持たず行きたかったから。』 『そしたらあの人に声かけてどうするんだよ。 期間限定で仲良くしませんか?とでも言うつもり?』 『言わねぇよ。てか言えねぇ。』 そう、俺は夏が終わって冬が来て、そして桜が咲く頃にはもう日本にいない。 そんな事は自分が決めたことだから一番よく知っている。 だけど彼女がいないこの先の道のりは乾ききった砂漠のようだと思ってしまう自分を 絶え間なく打ち寄せる波のようにときめいてしまっている自分を 偽ることはできるのだろうか。 彼氏がいるのか旦那がいるのか 何歳なのか 名前すら なにも知らない。 だけど自分のすべてだと思える人を見つけられたら そんな事はすべて後付けにならないだろうか。 例えば明日地球が終わって有りとあらゆるものを失くしたとしても 君がいるならそれでいい。 そんなクレイジーなことを思えたとしたら 人として生まれた価値があるんじゃないか。 この先、不確かな毎日を戸惑うように生きるのであれば…。 クレイジー上等! 『麻木、俺さ恋愛なんて6割が一目惚れで始まるもんだと思ってる。今このフロアにいる10人のうち6人は一目惚れ経験者、もしくは一目惚れから付き合ってるかもしれない。 そう思ったら俺が彼女に一目惚れしたことと この出会いを逃さないように声をかけることは 至って自然な流れじゃない?』 『圭太はマジでバカで真面目でいいやつだな。仕方ねえから良いこと教えてやる。 男の一目惚れから始まった恋は成婚率が高くて離婚率が低い。 大丈夫だ!行け!俺らは若い!なんでも勢いで行ける!』 麻木の後押しを胸に俺は水を継ぎたす事を口実に彼女のテーブルへ向かった。 深く深呼吸をしてから 『あの、水…じゃなくて。 年下男は恋愛対象になりますか?』 と言ったけれど やべえ、また声が裏返った…。
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