Be Strong

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『そんな頑張らなくていいっすよ。』 いくつかも知らない年下男に言われた一言が 私には魔法の言葉に聞こえた…。 私には何にも変えがたい世界イチの男だと胸を張って言える彼氏がいて この人こそが運命の人だと思っていた。 だから1ミリもこの恋を疑うことなく なくさないように大事に大事にしていた。 出会いは運命的で 気持ちがリンクして お互いが一瞬で惹かれあい 時間が止まったような不思議な感覚に襲われた。 見た目だけでなくすべてが自分の好みで 私の心の欠けたものをうめてくれる ジグソーパズルの最後のピースのような人で 私にとっては宝物のような存在だった。 気分屋であまのじゃくで不器用で 自信があるようなないような…。 飽きることなく、何時間でも見ることができて 飽きることなく、話ができる 私が飾らない素の自分でいられる唯一の人だった。 だけど ピッタリと息があっていたはずの私たちが ほんの些細なことで 歯車が少しずつくるって ボタンをかけ違い 絡まった糸巻のようになってしまっていて 無理にほどこうとすればするほどに絡まり 自分でも解決の糸口を見失ってしまって 話せない時間が増え 会えない時間が増え 周りも私たちの関係に困り出していることはわかっていたけれど どうしようもないほどにすれ違ってしまっていた…。 いつの間にか2年という月日が流れ 恋人同士だった私たちの関係は自然と名前を持たない関係になってしまったけれど それでも私は忘れることはなく これを恋というのか執着というのか…。 いずれにせよ私の心から消すことができなかったのが事実だった。 何をしていてもどこにいてても 心の一部はいつも別のところにあって 遊べば遊ぶほど空しさに押し潰されそうになる。 LINEも写真も1つも消せない…。 思い出を思い出にすることができない。 だけどアラサーにもなれば 涙と悲しみと思い出を全部無駄にしないために一歩踏み出さないといけないことは嫌ってほどわかっているし 今がすべて未来に繋がっていることも理解していた。 止まっていられない、歩き出さなきゃ。 立ち止まらない、振り向かない。 変わるために、変えるために 新しい服を着てメイクも香水も変えて アパレルの彼と偶然会うことがないように バイヤーの仕事も辞めて事務職に転職をした。 男のために仕事を辞めるなんてバカらしいかもしれないけれど 私にはこの手段しかなかった。 新しい仕事をはじめてからは 出勤時間が早いから前日は早く寝るようになり 満員電車の中では思い出に黄昏る余裕はない。 覚えることがありすぎて 仕事中に彼を思い出すこともほとんどなく 私にとっては願ってもない環境だった。 だけどそれと引き換えにと言っては失礼だけれど 小売りの世界のようにオシャレな男の人はほぼおらず 同じ課の同じチームの人たちとしか接点はない。 32階建ての大手会社で働いていても 劇的な出会いは期待できなかった。 『あの、ここがわからなくて…。』 と明らかに年下だけれど上司でもあるチームリーダーの男の人に仕事でわからないことを聞くと 『あ、メモとか取らなくていっすよ。やれば覚えていくんで。無駄っす。』 こんな男にそれなりの社会経験と男の経験があるアラサー女が惹かれるなんてことあるはずもない。 18時10分 今日もすでに1時間の残業中。 『今から登録ですか?』 『はい、あとこれだけなので。』 『明日でいいっすよ。』 『でも…。』 『連日、残業してもらってるんで…。』 『でも、これ今日中に連絡いれておいた方が…。』 『向こうも仕事終わってるし明日の朝でいいっすよ。仕事に早くなれるのも大事っすけど、休むことも大事です。無理に詰め込もうとしても後でパンクしたら意味がない。 無理のない程度の無理と無理がある無理は見分けつけにくいんで…。』 『…。』 『そんなに頑張らなくてもいいっすよ。』 仕事のことを言っているのはわかっていた。 だけど私にはそういう風には聞こえなかった…。 彼との消化しきれない気持ちのことを言われている気がした。 この一言で単純に年下上司に対しての見る目がかわりはしたけれど 恋愛対象とはほど遠い。 だけど会社に来る楽しみの1つに疑似恋愛としておいておくのは悪くない。 出会いもなくただ毎日仕事に終われ残業の日々を過ごすよりかはドキドキワクワクがある方が楽しい。 恋愛なんて勘違いしたもの勝ちでしょ? まぁ、でも “っすよ。” って言葉遣いが気になるんだけどね。
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