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This is LOVE
コーヒーを飲み干したタイミングでリビングの時計を見た。
“22時か‥。風呂入ろっかな‥。”と一人暮らしあるあるの一人言を言いながら重い腰をソファーから持ち上げる。
読んでいた雑誌を片付け、空っぽのコーヒーカップをキッチンのシンクに置きバスルームに向かいかけたと同時にインターホンが鳴った。
“誰だよ、こんな時間に。メンバーか?”
と突撃訪問をしてきそうなヤツの顔を一人一人思い出しながら壁にあるモニターを覗きこむ。
『えっ?』
あまりの出来事に俺は思わずさっきまでの心の声とは明らかに違う、自分の耳で確実に捉えることができるぐらいの驚いた声を静まり返っているリビングで発してしまった。
それもそのはずだ、
モニターに映っていたのは下を向いていて顔が見えなくても、絶対に見間違えることなんてあり得ない、
だけどこんな時間にはここに来るはずのない、
俺の手に届くことはこの先おそらくないであろうと思っていた彼女だったからだ。
俺はインターホンに出ることなく玄関に向かい勢いよく扉を開けた。
ドアの向こうにはモニターで見たときと同じように下を向いた彼女が立っていて
よく見ると髪や服は濡れていて、少し震えているようだった。
『愛‥。』と声をかけると
今にも消えてしまいそうな声で
「ごめんね、こんな時間に‥。」と彼女は言った。
その声を聞いただけで俺は彼女が泣いていることに気がついた。
『とりあえず、中‥。』と言って彼女の腕を引っ張り玄関に招き入れ急いでバスルームへいき、お風呂の追い焚きボタンを押してから、タオル片手に彼女のもとに戻った。
フワッと頭にタオルをかけ優しく髪の毛を拭いてあげる。
「ありがと‥。」
『ん‥。寒くない?今、風呂温めてるから。』
「うん。ありがと‥。なにも‥。なにも聞かないんだね。」
『愛が自分から話したくなったら聞く。だけど今は、この冷えきった体を温めてあげるのが先。だから今はなにも言わず風呂はいって体温めて。』
俺がそういうと彼女は黙ってただ頷いた。
*********************
愛が風呂で温まっている間に俺はクローゼットの中から彼女がきれそうな服を探していた。
“さすがにパンツはサイズが合わないから、182の俺でもオーバーサイズのこのパーカーならワンピースぐらいにはなるよな?”
頭のなかでぐるぐる考えながらもなんとか着れそうな服が見つかった俺はバスルームのドアをノックした。
トントン
‥。
返事がない。
恐る恐るドアを開けてみると
ポチャンと水の音が浴室から聞こえる。
俺は深く息をすって
『愛、着替えここにおいておくから。あとシャンプーとか洗顔とかそこにあるもの適当に使って。メイクはさっきのやつでちゃんと落とせた?』と矢継ぎ早に質問をする。
「うん。大丈夫。色々ありがとう。」
『風呂から出てきたら服も洗濯して乾かすから言ってね。』
「うん。」
『じゃ、ごゆっくり。』と必要な会話だけをして俺はバスルームをあとにした。
聞きたいことはいっぱいあった。
だけど、どれも俺からは聞いてはいけない気がしていた。
彼女がこの時間に俺のところへ来たのはたぶん話を聞いてほしいからじゃない。
俺が今彼女にできることはあらたまったなにかをしてあげることじゃなく
いつも通りのなにかをすることだ。
彼女が風呂から出てきたら
彼女は甘めのミルクココア
俺はブラックコーヒーをリビングのソファーに座ってゆっくり飲もう。
それで彼女が話したくなれば、俺はただ静かに相槌を打とう。
そんなことを考えながらただ彼女を待った。
*********************
リビングのドアがガチャっと開き
「服、ありがとう。」
と彼女の声が聞こえた。
160センチの彼女にはやはり大きかった俺のパーカーは少し短めのワンピースのようになっていて、ただただめちゃくちゃに可愛かった。
『飲み物いれるから座って待ってな。』と言うのが精一杯で
いざ飲み物をもってソファーにいけば
彼女はソファーとテーブルの間の床にちょこんと座っていてまた俺の気持ちをざわつかせる。
「ココア、美味しい。」
そう言った彼女の言葉に
『そっか。』とだけ返事をして落ち着かせるかのようにコーヒーを一口だけのみ
ソファーに腰かけた俺は必然的に彼女の後ろ姿を見ることになり、彼女の髪の毛が濡れていることに気がつく。
『ドライヤーしなかったの?って俺出してなかったか。このままだと風邪引くから乾かした方がいいよ。俺、やってあげよっか?』
と冗談のつもりで断られる前提で言ってみたのに
彼女はあっさりと
「ありがとう。お願い。」と言うもんだから俺の心臓はよりいっそうざわつき始めた。
*********************
リビングにドライヤーの音が響き渡る。
俺の足の間にいる彼女は俺が見てきた彼女より少し小さく思え
初めてさわる彼女の髪は想像通り柔らかかった。
俺は彼女を抱き締めてしまいたい気持ちをただひたすらにこらえながら彼女の髪を乾かした。
『はい。終わり。』と言ってドライヤーを片付けに行こうとした俺に
「彼氏に浮気されてた‥。」と彼女は言った。
「ほんとはね、何となくそんな気がしてた。してたけど、問い詰めることも怖くてできなくて、現実から目を背けてたら、さっき鉢合わせしちゃって‥。
女の子と一緒にいる彼を見たら、いつのまにか私が浮気相手に変わってたんだなって思った‥。バカみたいだよね。
早く家帰って飲んで寝て忘れちゃえと思ったんだけど、一緒に住んでる家だから帰るに帰れなくて、フラフラあるいてたら雨降ってきちゃって。いつも持ってる折り畳み傘が今日に限って持ってなくて、雨はどんどん降ってくるし、お店は開いてないし。ほんとついてないなって。そしたらなんかねヒカルのこと思い出したんだ。なんかヒカルなら一緒に泣くんじゃなくてただそこにいてくれるんじゃないかなって。
ってごめんね。だからといってこの時間に濡れた格好で来るのはさすがに非常識だったよね。」
『そんなことない。俺に強がる必要もない。頼ってくれたらいい。
まだちゃんとは泣いてないだろ。我慢することないから。』
俺はそう言って彼女の背中を優しくさすった。
彼女は俺の言葉にホッとしたのか、緊張の糸が切れたのか
玄関に立っていたときのように微かに震えて泣くのではなく
時折声を出しながら咽び泣いた。
*********************
ひとしきり泣いた彼女は泣き笑いで
「もう大丈夫。」と言ったけど
その言葉が本心なのかどうかなんて今の俺には全く関係なかった。
いま俺の気持ちを伝えなきゃ、本当にこの先俺の手には届かない存在になる。
俺が彼女を手にできるチャンスは後にも先にも今しかない。
『俺は泣いてても笑っててもどっちでも大丈夫だから気にしないで。
俺のなかで愛はダントツの1番。ぶっちぎりで1番だから。
愛の傍にいられるなら俺はなんだってどんな愛だって大丈夫。
俺のとなりにいてくれるなら俺は全力で愛を注ぎたいし、今より絶対に幸せにする自信ある。だから今は思いっきり俺を利用したらいい。
俺は愛との出会いは偶然でも必然でもなく運命だと思っているし、いつどこで呼ばれてもすぐに会いに行くよ。
俺のこの気持ちは恋じゃなくて愛だから、愛は当たり前に俺の傍にいたらいい。』
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