She's out of my league

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She's out of my league

俺は渋谷の喧騒から少し離れた場所で 珈琲店のオーナーをしている。 祖父から譲り受けた、ひっそりとした佇まいのレトロな雰囲気が漂う店だ。 渋谷と言えば若者で溢れていてガヤガヤしているイメージがあるけれど 路地を一本入れば意外と隠れ家的なお店が多い。 居心地の良い空間で丁寧に淹れたコーヒーを味わう事は何よりも贅沢な時間で コーヒーラヴァーにとっては癒しでしかない。 ゆえに当店のお客様層は “映え” を求める若者より 少しでもリフレッシュできる空間で仕事をしたいビジネスマンや 食に対して価値を見いだせるシングル おしゃれを極めた落ち着いたアラサーなど シックに静かな時間を楽しみたい大人達が多い。 間違ってもマダム達の憩いの場になることはないし、大きな声で話したり笑いあったりする人たちもいないに等しい。 1・2時間過ごしてくださる常連のお客様にはオーナーのオススメを出していて、来店時の雰囲気から豆やC/Sを変える。 少しでも居心地の良い時間を提供できるようにしたいオレ流のおもてなしだ。 カランとドアベルが鳴る。 『いらっしゃいませ。』 とドアの方に目を向けると週1位で来てくださっている、多分アパレル会社勤務の3名様だ。 “多分“がつくのは 名前も職業も聞いたことがないから。 ここは時間と珈琲と癒しを提供する場だ。 オーナーとして、お客様の個人的なことをこちらからお伺いするのは美学に反する。 この3名様は男性1名と女性2名で いつもランチをどこかで食べてきてから来られる。 テーブル席ではなくカウンター席に座られる事が多いので、どうしても会話を小耳に挟んでしまう。 だから “多分“ アパレル会社なのだ。 会話が聞こえてこなかったとしても3人ともハイレベルなオシャレで、かつ容姿端麗なので俺が服に疎くてもそこは気づくと思う。 今日は珍しくテーブル席を選ばれた。 どうやら後から1名合流するようだ。 カランとまたドアベルが鳴り、今度は女性の1名様だった。 よく来られる可愛らしい方で、1人の時もあるけれど同僚らしき綺麗な女性と打ち合わせをされていることも多い。 『直さん!こっちです!』 と3名様のうちの1人の女性が声をかけた。 “こことここは知り合いだったのか…。” と知らなかったことが見えてくると謎解きに成功したような気持ちになる。 でも、雰囲気からしてあの可愛らしい彼女(ナオさん)だけが他社に勤めているようだ。 取引先かなにかなのかもしれない。 ここだけの話、俺はわりとこのナオさんを気にいっている。 1人の時はカウンターに座られることが多く、仕事の息抜きによく話しかけてくれる。 “このC/Sはどこの国のものなのか。“ とか “このインテリアは…。” とか、きっとアンティークとかに興味があるんだろう。 ケーキやサンドイッチを頼まれた時は本当に美味しそうに食べてくれる。 見ていると表情がコロコロと変わって 淹れ方や温度で味が変わる珈琲みたいで飽きない。 仕事や年齢、知りたいことは山ほどあるけれど 彼女はここでの過ごし方をよく理解しているのかプライベートな事は何も話してはこない。 ナオさんが3名様と合流してから 珈琲を持っていった時に 『…から直さんにも協力してもらいたくて。』 『全然いいですよ。侑斗をそこに連れて行けば良いんですよね?』 と何かの打ち合わせ的な事を話しているのが聞こえた。 “ユウトは誰なんだろうか…。” 気になるけど聞けない。 “気になるのは気に入ってるからなだけであって、これは恋ではない。” 何かがあるたびに呪文のようにこのフレーズを繰り返す。 ナオさんからみた俺はただのバリスタだ。 俺も彼女を好きなわけではないはず。 だから、惚れさせようとかそんなのを考えたこともないし ましてや、プライベートな誘いをするつもりもない。 運試しのようなもので、笑顔がみれた日はラッキーとは思うけど 俺のものにしようとはならない。 ナオさんの恋人になる人は俺みたいにもうすぐアラフィフになるようなアラフォーではなく ワイルドでフットワークの軽いイケメン オシャレでロン毛で眼鏡や髭が似合って ユーモアがあって気もきく 雑誌のストリートスナップとかには毎回載ってしまう 少しだけ彼女より年上の人だと思う。 “ん?そんなやつが一般人で存在するのか?“ ユウトがもしかしてこれなのか…? 今日のナオさんのお会計時に オーナーとしての美学に反するのがわかってはいたけれど 謎解きの答え合わせをしたい欲求を止められず 『良かったら今度は彼氏さんも一緒に…。』 と言ってしまった。
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