Don't leave me

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Don't leave me

大学4回生、冬。 就職の内定が決まっていた私は念願のパリに1人で来ていた。 7泊8日の旅は長いようで意外と早く明日にはもう帰る。 最後に、素敵なカフェに行きたくてホテルからの通りを歩いていると 見知らぬ人に声をかけられた。 大学ではフランス語を学んでいたけれど 早口な会話は聞き取りにくいし たぶんお店の場所を聞いてると思うけど私も旅行者で詳しいことはわからない。 困り果てていたら 誰かが 『その店ならあっちですよ。この通りを…。』 と私の代わりに説明をしてくれた。 お礼を言おうと振り替えると素敵な日本人男性だった。 『ありがとうございます!』 『日本人の子かー。全然だよ。あんなに早く話されたらビックリするよね。』 と優しい言葉をかけてくれる。 『1人?観光できてるの?』 『はい!明日帰るんで最後にカフェでも行こうと思っていて。』 『そっか…。ここの通りをまっすぐ行って3つ目の路地の角に美味しいクロワッサンのお店があるから、興味があるならいってみると良いよ。』 と教えてくれた。 『ありがとうございます。』 と頭を下げて行こうとしたら 『君さえ嫌じゃなきゃ僕も今から行くところで。こんなおじさんとお茶は嫌か(笑)』 と誘ってくれた。 高津戸さん、35歳。パリに住んで13年。 今は講師をされているそうだけど こっちで知り合った方のお願いで来月から東京に戻って、しばらくフランス語教室の講師をすることになったそう。 『良かったら、ここで教えているから体験にでも来てみてね。』 と名刺を渡された。 大人の男性に失礼かもしれないけど笑顔が可愛くて、とても35歳には見えない。 パリでこんな素敵な出会いが出来るとは思っていなかった。 日本に戻ってきてからは1月からの卒業旅行に向けてバイトに明け暮れていたから、もらった名刺の事はすっかりと忘れていた。 大学を卒業して、社会人生活がスタート。 気がつけば3年、25歳になっていた。 今年の夏休みは1人旅でも行こうかなとパンフレットを見に行ったらパリ旅行が目に入る。 一瞬にして、高津戸さんの事を思い出した。 “えっと…。名前なんだっけな。名刺もらって…。確かアルバムに挟んだような…。” 記憶をたどると色々思い出してくる。 急いで家に帰ってアルバムの中から名刺を探す。 “あった!” さっそくPCで調べてみる。 “講師一覧…んー。あ、いた!” 顔写真つきのプロフィールが載っている。 3年たっても変わらない、あの可愛らしい笑顔。 懐かしさが込み上げてきて、急に会いたくなった。 きっと向こうは忘れている。 だけど、むしろそれで良い。 私は無料体験レッスンに申し込んだ。 レッスンの講師は高津戸さんだったけど、やっぱり私の事を覚えている素振りはなく、だけど昔と変わらず優しくてなんだか嬉しかった。 元々フランス語を勉強していたこともあって身近に感じれたし、高津戸さんとまた話がしたいって思ったから入会を決めた。 そこからは火曜と金曜が待ち遠しくて、先生に会いたくて 気が付けば講師と生徒ではなく、恋人として側にいたいと思うようになっていた。 今は先生の事だけ想っている。 あの日からずいぶん時間がたったけど 私の心は先生を求めている。 今は2人の距離が離れていてもいつかまた一緒にあのカフェへ行きたい。 こんなに会いたいのに、すぐには会えない。 釣り合わないのはわかっているけど 抱きしめて、離さないで欲しい。 火曜日、いつものようにスクールの受付を済ませると 『亜里沙さん、急なんですが来月に高津戸先生がパリに戻られることになって後任の先生をお決めしたいのでオリエンテーションを受けていただけますか?』 『え?辞められるんですか?』 『急なんですが、そうなんです…。』 と言って受付の方はオススメの先生を紹介してくださっていたけど耳に入ってこなかった。 “どうしよう…。先生がいなくなる。” 次はもう偶然には会えない。 もっとフランス語を勉強して、いつかパリに住めたら!何てことあり得ない。 今離れたら、もう終わる。 距離はただの距離でしかない。 先生の授業が始まっても私は上の空で、いつもみたいに受け答えが出来ない。 先生はフランス語で “どうしたの?” と聞いてきたけど答えることが出来ない。 『仕方ない。ちょっと休憩しようか…。』 『先生…。パリに戻るって本当ですか?』 25歳になってもまだ学生のような自分が嫌になる。 『そうだね。もともと3年の約束だったし、また向こうで講師をすることになって。』 『…。』 『フランス語、かなり上達したんだしパリに1人旅にいってみたら良いよ。』 『…。』 『3年前と今とじゃ見違えるぐらい話せるようになったんだし、今なら道を聞かれても答えられると思うよ?』 『え?覚えてたんですか?』 『忘れたことはなかったよ…。3年前、ひとまわりは違うであろう女の子をお茶に誘うのは勇気がいったからね。』 『でも、スクールに来たときはそんな素振り。』 『だって、君は僕の事を忘れていると思っていたから。何も言ってこなかったし…。おじさんが覚えてる?とか聞くのも気持ち悪いでしょ?(笑)』 『そんなことは…。』 『あの日から君とまた会えたら。スクールに来てくれたらと思っていたよ。』 『先生、ダメもとで聞くんですが。私と個人的に仲良くなってもらうことは出来ますか?』 『ん?連絡先ってこと?』 『そうじゃなくて。私も先生と一緒にパリに行きたいんです。』 『…。』 先生は黙って考えている。 『私、まだまだフランス語できないし、パリに友達もいないし、仕事もないけれど一生懸命頑張ります!だから一緒に連れていって欲しい。』 『本気なの?』 『Je suis sérieux. Je veux aller à Paris avec mon professeur.』 (本気です。先生と一緒にパリに行きたい。 『M'aimes-tu?』 (僕の事が好きなの?) 『Je t'aime.』 (愛してる。) 先生は真っ赤になった。
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