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朝食
洗面と着替えを済ませ、総理は官邸の食堂へ赴きコーヒーを飲んだ。
専属料理人はもちろん朝食を用意してくれたが、とても喉を通らない。さしも豪胆で鳴らした総理も、このような朝に日頃の健啖ぶりを披露することは出来ず、スクランブル・エッグもトーストも冷めるに任されている。
コーヒーを飲み終えると、総理は食堂にある大きなグランドファーザー・クロックを見た。そろそろNIHON大使が宣戦布告の文書をKAN国大統領に届けた頃だなと思った。
この文言を練り上げるのには大変な苦労をした。
NIHON国は、かつて帝国時代にアメリカとイギリスに対して宣戦布告をしているが、当時は旧憲法の下、MIKADOが全軍を統帥していたため、布告文もMIKADOの一人称で書かれている。文体も古くていかめしい文語調で、例えばこんな具合である。
『米英両国二対スル宣戦ノ詔書』
朕、茲に米国及び英国に対して戦を宣す。朕が陸海将兵は、全力を奮って交戦に従事し、朕が百僚有司は、励精職務を奉行し、朕が衆庶は、各々其の本分を尽くし、億兆一心にして国家の総力を挙げて……云々。
これではまず、現代の我が国民が理解できない。
と言って、あまりに普通の現代文では軽すぎるし、歴史に残る文書としての風格に欠ける。
連日何時間にも及ぶ討議が重ねられ、ようやく成ったのはこんな文章であった。
『KAN国に対する宣戦の布告』
NIHON国はここに、KAN国に対し、領土問題の最終解決を企図して、宣戦を布告する。
我が国は、紛争解決の手段としての交戦権を放棄した平和憲法を持つ世界で唯一の国家であり、このことに大いなる誇りを抱くものであるが……云々
そしてこの後、延々と宣戦布告に至った理由が述べられるのだ。
その時、ノックの音がして、就任以来苦楽を共にしてきた補佐官が入って来た。「総理、テレビ会見のお時間です」
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