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斎戒沐浴
7時までの間、さぞ落ち着かない時間を過ごすのだろうなと総理は想像していたが、まったくそんなことはなかった。むしろあまりにも慌ただしく、時間はあっという間に過ぎてしまった。
まずは閣僚会議。ここで正式にKAN国からの受諾回答文書に目を通す。こちらからの宣戦布告をあらかじめ予想していたとしか思えない、やたらに長く、壮麗な文体であったが、非常に単純に訳せば「望むところだ、吠え面かくな」という意味であるらしい。
全大臣が出席しており、それぞれから握手を求められた。
涙ぐんでいる者すらいる。
「この日を待っていました」と明言する、筋金入りの征KAN論者もいる。
彼らは皆が皆、政治思想や政策論を同じくする者ばかりではなく、かつては互いに総理の椅子を争った相手すらいる。しかし事態がここに至れば、もはや心はひとつである。
総理は一体感に酔うように、気持ちが高まるのを感じた。
それが終わると、MIKADOへ開戦の報告をするため、宮殿に行くことになる。
宮殿の門では、妻が待っていた。さすがに今日は緊張した面持ちで、日頃の冷ややかさも影を潜め、重責を労わるようにそっと寄り添ってきた。
「あなた……」
万感の思いをその一言に込めた妻に、総理もこれまでの確執を忘れ、にこやかに微笑んで見せた。
夫婦揃ってMIKADOの御前に出るため、さまざまな儀式や儀礼を共にくぐり抜けた。そしてようやくお目通りが叶い、謹んで開戦した旨の奏上を終えた時には、もう午後になっていた。
その日は朝食以降、一切食事は摂らないと事前に知らされていた。心身を清め、斎戒沐浴して7時に臨むためである。
どのみち殆ど食欲などなく、問題ないと総理は思った。
ファーストレディーはそこで帰され、総理一人が宮殿の奥まった部屋に通された。
衣服をすべて脱がされて、古式ゆかしい純白の褌と純白の着物に改めると、MIKADOがまたいらっしゃって、ありがたくもおん自ら祝詞を唱えられ、勝利を祈願する儀式が行われた。
それから湯殿に案内されて、ここで水垢離の儀である。
迎えたのは正装の神官で、やはり祝詞を唱えながら、氷かと思うほど冷えに冷えた水を、裸になった総理の背中に遠慮なくぶっかける。これはさすがに堪えて、思わず悲鳴が漏れそうになるが、一国の総理としてみっともない姿を見せては歴史に汚点を残すことになる。神官以外に見る者とてないのだが、総理は歯を食いしばって耐え抜いた。
都合十回の水垢離を取り、すぐに暖かい湯に癒される。
ほっとして上がれば、また新しい純白の褌と着物が用意されていた。
かくして総理は、宗教的には無敵に生まれ変わったことになるのだ。
これだけの手順を経て、最後にもう一度MIKADOに斎戒沐浴を無事終えたことを報告すると、「必ずやよい結果になりますことを願っております」とのお言葉をいただき、ようやく宮殿を辞した。
補佐官が用意した真新しいスーツに着替え、永田町に戻る。
時刻はもう、6時半になっていた。
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