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官邸地下
首相官邸の地下には、有事の際、全軍の指揮を行う特別な部屋がある。そこには巨大な円卓があって、いざと言う時には閣僚や軍人たちが集うのだ。
一方の壁は全面がスクリーンになっており、さまざまな映像を映し出すことが出来る。だがいまそこは、ただ真っ暗であった。
総理が入室した時には、すでに円卓は午前中の閣議で顔を合わせた閣僚と、日頃あまり会う機会のないトップ将校の面々で埋まっていた。
一斉に立ち上がった彼らの拍手を受けながら、総理は一番奥の席に着いた。
「さて」
総理が片手を上げると、拍手が静まった。
「いよいよです」
誰も何も言わなかった。
しかし、口火を切ったものの、総理にもそれ以上言うべきことはない。
困ったなと思いながら言葉を探していると、
「KAN国大統領です」
と補佐官が助け舟を出すように言って、壁のスクリーンがさっと明るくなった。
ほっとした総理を始め、その場の全員が顔を上げる。視線の先にKAN国大統領の上半身が映っていた。
厳しい顔である。
両脇に一歩下がって、補佐官らしき男二人も、彼を守るように立っている。
歴代の大統領の中でも一際長身の彼はスーツがよく似合い、イギリス留学の経験も持っていて、外交の際は常に微笑を絶やさない紳士的な態度で知られている。しかしいま彼は、リングに上がったばかりのボクサーのように爛々と光る目でこちらを威圧していた。
そうだ、これはいつもの首脳会談ではないのだ。総理は自分も顔を引き締め、相手をきっと睨みつけた。
大統領はKAN国語で何か言った。即座にスピーカーから、機械の同時通訳の人工音声が聞こえた。「宣戦布告、受諾した」
総理は立ち上がり、スクリーンの前に立った。傍らでシステムの操作担当がスイッチを操り、画面は二分割になった。
左側にKAN国大統領。右側に、総理である。
ここでも彼は挨拶に困った。
二人は暫く沈黙したまま、相手をじっと見た。
シンボリック・ウォーによる国際紛争の解決は、総理がテレビ会見で言った通り、これが歴史上初めてとなる。しかも、国連総会では細かい実施の手順までは定めていなかった。
先例もなく、規則もないことに、官僚というのは極めて弱い。誰も事前にどう進行するのか、案を出すことが出来ず、結局出たとこ勝負ということになった。
多分、KAN国にしても事情は似たり寄ったりだろう。そこでとりあえず様子見をするしかないのだった。
とはいえ、いまこの二人の映像はテレビを通じて放送されている。NIHON国、KAN国、両当事国の国民はもとより、一体どのようにこの史上初の出来事が推移するか、大げさではなく世界中が見守っているのは間違いない。
いつまでも睨み合ってもいられないと、まず総理が動いた。
「様式については、NIHON式と国連で定められているが、それでよろしいですな?」
言わずもがなの確認だが、KAN国大統領は重々しく頷いた。
シンボリック・ウォーは、世界各国で古来から行われている方法をベースにしていて、だからこそすんなりと各国の同意が得られた。だが、基本的な原理は世界共通であっても、例えば用語などは当然言語によって異なるし、多少の相違点はある。そこでNIHONで昔から行われている方法が最も合理的とされ、これに統一することが決まっているのだ。
「では」
総理はごくんと唾を飲んだ。
KAN国大統領が何か言い、スピーカーから「始めましょう」という通訳が流れた。
二人は頷き合い、一歩カメラに近づくと、大統領も日本語で、総理と同じ言葉を同時に叫んだ。
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