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    13  六月の中旬にその機会は訪れた。  梅雨は明けたのか? 久しぶりに見る真っ赤な夕焼けの灯りの中、一人窓の外を眺めている彼を見つけた。  私は教室に入り、ゆっくりと彼の傍に近づいて声を掛けた。 「綺麗だね、昨日まであんなに降ってた雨が嘘みたいだね」  彼は、少し驚いたようにこっちを見て、また窓の外に視線を戻して応えた。 「俺は雨も好きだけどな、教室で授業も聞かず、雨音ばかり聞いてる時があるよ」 「雨の音?」  私は今まで、その音をちゃんと聞いた事が無かったかもしれない。 「雨の音にだけ耳を傾けて聞いていると、少しずつ強くなったり、弱くなったりするんだ。そしてたまに雷雲が蠢いたり、急に止んで微かな音になったり、そんな音に集中してると、いつの間にか授業なんて聞こえなくなるんだ」  彼は雨の音に没頭する事で、考えてしまう事を避けているんだと思った。 「じゃあ、梅雨明けのテストは点数下がっちゃうね、ちゃんと授業受けてないと後々後悔するよ?」  私は、冗談でそんな事を言った。 「後々か、俺に未来なんて無いよ」  彼がそう呟いた時、私は背筋に悪寒がした。 「それって、どういう事?」 「何でもないよ」  彼は立ち上がってバッグを持った。 「何でもない事無いよ」  私は、少し声を荒げてしまった。 「ごめん」   彼は、そう言ってこの場から立ち去ろうとした。このまま別れてはいけない。私は咄嗟に彼の手を取って、離れない様にした。 「ごめんって、どういう事?」  彼は少し間を空けて応えた。 「この間の事、恥ずかしい事しちゃったなって思って、本当は、ゆかに顔も合わせられないんだよ」 「恥ずかしい事なんかじゃない。ただ苦しんでるんだよ。そんなゆうき君の事、私が責める訳無いじゃない」 「恥ずかしい事だよ。彼女としてて、入れてすぐに勃たなくなるなんて」 「私が言ってるのはそんな事じゃない。また本当の気持ちは隠して付き合っていくの?」  考えて喋るなんて、私にはもう出来なくなっていて、思っている事を彼に伝え続けていた。 「本当の気持ちか、それを思い出したら、また辛い気持ちも思い出すんだろうな」 「そうかもしれない。でも、一人じゃないよ。私はあなたの為に生きていくから、辛い事も悲しい事も、二人で支え合っていこうよ」 「支えてくれているのは、いつもゆかの方じゃないか」 「私は、あなたの事が好きだから、あなたの苦しみを背負う事なんか苦でも何でもない」 「また俺は、人を不幸にするのか」  彼は苦しそうに言った。  私は、言葉に詰まってしまった。彼にそんな風に思って欲しくないのに、そう思わせない言葉が見つからなかった。 「俺の側にいる人は不幸になるんだよ。だから、誰も俺と親しくなんかならない方がいい」  彼の言葉が、ずっと悲しかった。 「そんな事言わないでよ。あなたと出会って、こんな私の事を一度は好きって言ってくれて、こんなに嬉しい事がこの世の中にはあるんだって思ったんだよ。あなたにそれを教えてもらったんだよ。苦しい事があったとしても、私はあなたと出会えて良かった。なお君だって、あなたと居ると楽しいって言ってたから」 「なおは他の奴とは少し違うんだよ。ゆかは、俺じゃない人と付き合った方が、きっと幸せになれるよ」  いつからか、手を離してしまったせいで、彼は何にも阻まれる事もなく、立ち尽くす私を教室に置いて出て行こうとした。 「待ってよ」  私は手も足も出ないのに、彼を教室に留めようとした。 「ごめん、もう今日は話せないよ。今度さ、また昔みたいに三人で遊びに行こう。ゆかはさ、俺の事なんかで悩む事はやめてほしい。それが、今俺が一番辛い事なんだ」  彼が去って行った教室の中で、私はいつまで立ち尽くしていたのだろう?  気付いたら外は暗くなり、明けたと思っていた梅雨は、まだしたたかに潜んでいて、いつの間にか大雨が降っていた。 「傘、持ってるかな?」  彼が傘を持っていて、濡れていない事を願った後、私は、その雨音を聞く事に没頭していた。  
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