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彼と遊びに行く時は、必ずその友達が付いて来た。月に一度か二度の、彼と私のかけがえの無い時間は、その友達が居る事によって、三人の時間になってしまった。
別につまらないという訳じゃ無い。でも、初デートの時から、一年間もそんな関係を続けているのは、流石に異常だと思う。
三人で会う時は、初めてのデートで、何気なく入った喫茶店で待ち合わせをして、何気無い会話を、一時間から二時間程交わした後は、ボーリングかカラオケに行って、そのまま別れるというのが決まったパターンだった。
私は、彼と二人きりで会う為のメールを送る事を決意した。付き合っているはずなのに、そんな事を言うのに、こんなにも勇気がいるものなのだろうか?
私は、作成した文章を、送るか送らないかを散々迷って送信ボタンを押したのに、彼からの返事はすぐに返ってきて、とてもあっさりとしたものだった。
『分かった。何処行こうか?』
自分の悩んでいた時間が、とても無駄なものにも思えた。
それより、悩んでいた時間よりも、今まで気を使って、二人で居れるかもしれなかった期間を、三人で過ごしていた事が、余程無駄だったと感じてしまった。
それでも、二人きりで初めて会う日に選んだ場所は、三人で会う時に必ず立ち寄った、通い慣れた喫茶店になってしまった。
いつも待ち合わせて、幾つもの仕様の無い話しを交わした喫茶店の中に、私は待ち合わせの時間の、三十分も早く到着して、いつものコーヒーを頼んで、普段はあまり空いていない奥の窓際の席に座って、二人きりでしか話せない様な話題を考えていた。
初めて二人きりで話す機会に、失敗なんて許されないと思ってた。
もしも、今日彼がつまらなくて、やっぱり三人の方が良いとなってしまえば、私からはもう二度と、二人で会いたいなんて言えなくなる。彼は、全く二人の関係を進めてなんてくれない人なのに、私は、この恋を主導していく自信が無くなる。
それ程までに、追いつめられたデートだった。
彼が、待ち合わせの時間の少し前にカウンターに姿を見せて、ドリンクを頼んで、私の居る席に腰を掛けたのは、携帯の正確なはずのディスプレイの時計が示している、待ち合わせの時間の六時ぴったりだった。
彼が席に着いた瞬間に気付いた。いつも三人で居る時は、彼が先導して話しを進めてくれていた。でも今日は、私が話しを切り出さなくてはいけない。本来彼が、私に聞きたい事なんて無いんだ。
「ごめんね、二人で会おうなんて言って」
何で、こんなに、相手に気を使わせてしまう様な言葉を選んでしまったのだろう? いくら彼が、人に不安ばかりさせて、感情の全く読めない言動ばかりしていたとしても、そんなマイナスな言葉で始まるデートなんて、無いと思った。
「いや、全然大丈夫だよ」
それでも、一年間も、二人きりで会うのを我慢してたのに、大丈夫だよ、じゃ無いと心の中では思っていた。
でも、今日は、私が話しを進めていかなければいけない。その為に、二人きりでしか聞けない質問を、いくつも用意していた。簡単に、天気の話しを交わした後に、ひとつめに、彼に聞きたかった事を聞いてみた。
「そういえばさ、ゆうき君は、今まで付き合ってた子とかいるの?」
「それって、言わないといけない?」
まさかの、一つめの質問でつまづいてしまった。
普通付き合っていれば、過去の恋愛の話しなんかも、聞くんじゃないかなと思っていた。
そして私は、今まで恋愛をした経験が無かったから、もしも聞き返されたら正直に、恋愛経験は無いです、と答えるつもりだった。
私の想像では、彼には、一人や二人の彼女が過去に居たと思っている。私にとって辛い話しではあるけれど、私は、彼の事がもっと知りたかった。
「いや、いいよ、言いたくないなら」
それでも、彼への興味より、今日のこのデートを、有意義に済ませる事を選んで、私は自重した。
「話すよ。ゆかにだから、ゆかにだったら話してみたい」
その言葉を彼から貰った時、私は素直に嬉しかった。
恋人同士になるのであれば、私の中では、友達とか近しい人にも言えない様な、そんな悩み事さえ言い合える様な、特別な存在になりたかった。
彼と秘密を共有する事で、この世界に二人きりになりたかった。
私が望んでいた、恋人の関係というのは、そういうものだった。
友達も先生も部外者も母も、全て忘れて、私は、恋人に夢中になりたかったんだ。
私は不謹慎にも、彼の次の言葉を待ちわびていた。
「死んだんだよ、俺の前の彼女は、三年前に、とても苦しんで死んだよ」
私は何故か、その言葉に似合う筈のない、母と同じ様な愛想笑いで、彼に顔を向けていた。
「中学一年の時に付き合い始めて、中学二年の時に死んだんだよ」
感情は、何処に腰を下ろせばいいのか分からずにいた。
何が起こっているのか把握出来ずに、だから間が抜けたように、口の端を上げて、もしかしたら、未だ微笑んでいる様に見えたかもしれない。
「彼女とは家が隣で、小学生の頃、よく休んでいた彼女の家に、毎日プリントを届けに行っていたんだ。いつもはお母さんが出るんだけど、たまにその子がパジャマで出て来たりして、なんていうか、他の人は知らない一面を、自分だけは知ってるとかって思うと、人は恋に落ちるのかもしれない。その頃には、彼女の事が好きだったんだ」
私の顔は、徐々に強張りを無くし、そして、どんな顔を晒していたのだろう?
でも、きっと、そんな事を考えるのは意味が無い。何故なら、彼はその時、私の顔なんて全く見てはいなかったから。
「中学校に入ってからは、よく学校にも来る様になってたんだ。同じクラスになって、よく喋るようになった。明るくてさ、みんな彼女の事を好きだったんだ。もちろんみんな、同級生としてだろうけど、でも俺は好きだったんだ。みんなとは違う意味でね。告白したけど振られて、恥ずかしかったよ、家も隣だから、通学する時顔合わせたりして、でも機会があれば想いを伝えたよ。本当に好きだったんだ。なみは、冗談の様なノリだったけど、俺を受け入れてくれたんだ。でも、それからまたなみは、学校を休む様になった」
彼の目を私は見つめていたのだけれど、その目の焦点は、左に右に揺れ、真下を示す位置から、その視線は動かなくなった。
「三週間くらい休みが続いて、心配になって、携帯なんかもお互い持って無かったから、勇気を振り絞って、俺は隣の彼女の家のチャイムを鳴らしたよ。出て来たお母さんに、なみさんは元気ですか? って聞いた。彼女のお母さんは、俺の事子供の頃から知ってるから、少し嬉しそうだった。それから、悲しそうな顔した。そして、なみは今病院に入院しているって言ったんだ。その時、何の病気かとか、どのくらい入院しなきゃいけないのかとか、問い詰める俺に、ただ狼狽えてる俺に、大丈夫、大丈夫だからねって言ってくれた。そして、病院の住所を書いた紙と、その場所までの、往復の交通費を渡してくれた。その時、彼女のお母さん泣いてた。ってか、俺がもう泣いてたからかな? なんかさ、気付いてしまったんだよ、きっともう」
彼が、こんなに感情を露わにする姿なんて初めて見た。普段の彼から、こんなにも傷付いた心を持っているなんて、想像も出来なかった。
今は、自分の存在の意味なんて考えずに、ただ彼の言葉を聞いていたい。
「病院まで行って、その時は全然元気そうでさ、笑顔で言うんだよ。こんばんは、どうしたの急に、こんな所まで来て、ストーカーみたいじゃん。恋人とか言ったってさ、見られたくない事もあるんだよ? って、俺さ、俺その時、どんな顔してあげられたんだろう?」
「もういいよ」
私は、彼の震えていた両手を握り締めて言った。
「ちゃんと、冗談として笑ってあげれたのかな?」
「絶対、あなたの気持ちは、ちゃんと伝わってるよ」
何も知らない私が、言うべき言葉じゃない事は分かっていた。でも、私自身がそうであってほしいから出た、真実の言葉だった。
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