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9  自分に自信が持てない私と、自分の生き方を忘れてしまった彼との恋は、一筋縄にはいかなかった。  それでも、二人でいる時間は増えていって、物事を、マイナスに捉えてしまう癖のついてしまっている私にも、彼との距離が、縮まって来ていると感じていた。  四月の中旬、二人は、デートでよくある水族館に行く事になった。  待ち合わせた最寄りの駅から、その水族館まではなかなか距離があって、その道中、彼が退屈をしないように、必死にネットから探してきた心理テストや、少しエッチななぞなぞなんかでその場を繋いでいた。  彼は、私の用意してきた下らない遊びを、笑顔でからかいながら受け入れてくれた。  水族館に入ると、彼は私の手を引きあちこちと連れ回し、大きなマンボウが外敵が居ないのをいい事に、水槽の底に寝そべっている姿を笑いながら、とても楽しそうに過ごしていた。  そんな彼の姿が嬉しくて、私は時を忘れ、二人の時間を慈しんでいたのだった。  今日が、このまま終わらなければいいなんて思う事を、避ける術なんてなくて、当たり前にカップルが思うような、離れたくない、帰りたくないと思ってしまうのは、悪い事だったのだろうか?  水族館を出て、それぞれの家まで帰る為に歩く、駅までの道、彼の歩幅は短かった。手を繋いでいたから、最寄りの駅に着くまでの終電の時間が近かったのに、急ぐ事は出来なかった。  ついに、彼の足は止まってしまった。 「どうしたの? こんなペースじゃ、終電間に合わなくなっちゃうよ?」  彼は、私に目を向けれないまま、それでも繋いだ手を強く握り締めた。 「いいよ、終電なんて間に合わなくて」  私は冗談だと思い、笑って問いかけた。 「それじゃあ五時間くらいかけて、歩いて帰らないとね」 「それでもいい、ゆかと一緒に居たいんだ」  私は、そんな言葉を彼から貰えるなんて思ってなくて、返事も出来ずに彼を見つめていた。 「今夜、一緒に居たい」  私は、回らなくなった頭を、必死に整理しながら言った。 「ゆうき君はさ、私の事なんとも思ってないと思ってたの」  彼は、私の言葉をずっと待っていてくれていた。 「私ね、ゆうき君の事が好きだよ。告白した時よりも、毎日少しずつだけど、好きになっていってしまってるんだ。でも、好きだからこそ、ゆうき君の事を考えるからこそ、焦ったら駄目だと思ったんだ。あなたは、今でもなみさんの事で苦しんでると思ったから。私は、待ちたいって思ったの、あなたの方から歩み寄れる日が来るまで。何言ってるの? って思うよね、だからね、嬉しかったよ。私に少しでも興味を持ってくれて」  彼にも焦って欲しくはなかった。私はいつでも側に居るから安心していいよ、という想いを伝えたかった。  でも、焦らなくていいなんて言えなかった。  何故なら、私が妙に間を置きながら発した長い言葉のせいで、終電は、もう間に合わないような時間になっていたから。  それが、今夜一緒に居たいと言ってくれた、彼への返事でもあった。 「ゆかにはさ、ずっと悪い事をしてきたと思うんだ。誰も愛せもしないのに、付き合い出したりして、嫌われるような事ばかりしてきたと思う。ずっとゆかに対して、正直な気持ちを言えない自分がいた。俺の前の正直な気持ちは、ゆかを傷付ける言葉だったから。でも今は、自然に、本当に素直な言葉を伝える事が出来るよ」  彼は、私の目をしっかりと見て言った。 「ゆか、ありがとう。好きだよ」  愛する人から愛された喜びを初めて、そして最後に知った夜だった。
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