第一部 マレンブラウ修道院

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 所々崩れた城壁は、鉄柵で補強してあった。  詰所の門番はヘレナには目も向けずに、眠そうな顔で顎をしゃくり、通れ、と云った。  榛の樹で囲まれた中庭を通り抜け、尖塔が聳え立つ教会を横目で見ながら、修道会(ブルーデルマインゲ)宿舎(ガストホーフ)であった建物まで歩いた。ゴシック様式の宿舎(ガストホーフ)跡は、この修道院の建物群の中でも比較的崩壊は免れている。  重厚な樫の木の扉の前に立ち呼び鈴を押す。  随分と時間が経ってから、閂を外す音が聞こえ、蝶番の軋む音をさせながら扉が開けられた。  暗い室内で燭台を手に立つのは、見上げるばかりの大男のハンスだった。ハンスは無言で、ヘレナを室内に招じ入れ、扉を閉めると閂をはめた。  蝋燭の明かりだけでは真っ暗な室内は心許ないが、二人は慣れた足取りで広い廊下を進んだ。  遙か先に、明るく輝く場所が見える。  天井に埋め込まれた極彩色のステンドグラス(ファービグス・グラス)から、光の束が降りそそぐホールだ。いつも遠くから眺めるだけであったが、暗く暗鬱な宿舎の中でもそこだけが明るい光に満たされている場所であった。  しばらく行くと、横の扉を開けて階段を下った。  石段は螺旋状に下へ延びている。二人とも無言であった。大男のハンスでさえ、石段を下りる音をなるべく小さくしようと注意を払っているように見える。  音を立てない。  話をしない。  明かりを極力点けない。  何も詮索してはならない。  それは、ヘレナがここで仕事をするようになってから守らされている、絶対的な規則(リーグル)であった。  下に着くと、広く長い廊下を進んだ。廊下の先には仄かな灯りが点っている。  壁に設えた灯油ランプの小さな明かりで、廊下の壁に二つの扉が並んでいるのが辛うじてわかる。  ハンスは燭台を隅に置かれた机の上に置いた。ヘレナもバスケットを静かに置く。  ハンスはゆっくりと椅子に腰を下ろすと、バスケットの一つからプレッツェルを取り出し、掌で覆って食べ始めた。  ヘレナは机に置いてあったもう一つの燭台の蝋燭に火を移し、部屋に面した二つの扉のうち、左側の扉の前に立った。振り返りハンスを見ると、無言で肯いている。予めハンスが鍵を開けておいたらしい。  苦労して重い扉を開けた。
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