悪魔の火曜日

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悪魔の火曜日

『悪魔の火曜日』 ひろみはそう呼んでいた。 『火曜日』の紙は見た目にもわかるほど真っ黒で、スケジュールがつまっていた。 何としても乗り越えなければ。  昨日の朝、「二人を送り出したら後は自由だ」なんて思ったことなど、とっくに忘れている。  今日のスタートは順調だ。流し台もきれいだし、ご飯も炊けている。それでも一時間早く起きたのは、一つめのスケジュールのせいだった。 『桃、幼稚園、お弁当の日』 卵焼きは案の定スクランブルエッグになったが、ウインナーを焼いて、冷凍枝豆を解凍し、ミニトマトをかざると、それらしくなった。 枠外の赤い丸印 『燃えるゴミ、オムツと生ゴミ忘れずに』 鼻をつまみながらクリアだ。 よしよし、ここまでは予定通りだ。 今日は枠外にもう一つ 『火曜ポイント5倍デー、買い物』 隣にポイントカードが貼ってある。 なになに? (無理なら別日でもいいです。) くそ、よし、行ってやろうじゃないか、買い物に。 スケジュールの隙間は、午前中しかない。  火曜日は桜の小学校の交通当番らしい。所定の場所で旗を持ち、児童を見送る。 園バスの見送りと重なるので、桃は後で園まで送ることになる。 寝起きの花と桃を連れて交通当番を済ませ、今度は家に戻って車で幼稚園へ向かう。  帰ると、花の朝ごはんがまだだった。 食器を洗い、洗濯をし、風呂を洗った地点で、買い物はあきらめている。  花のお昼寝が終わると園バスが帰ってきて、遊んでいるうちにすぐ夕方だ。  そして始まるエンドレスお片付け。ぬいぐるみを片付け、ブロックを集め、絵本を拾い集めていると、もうさっきのぬいぐるみがお医者さんごっこをしている。 「こら、花! お片付け!…いたっ」 ブロックの1ピースを踏む。 顔をしかめながら時計を見ると、桜の習い事の時間が近づいていた。  ピアノ教室は近所なので、三姉妹を連れて歩いて向かう。 終わって帰る頃になって晩御飯の存在を思い出す。初日に奥の手を使ってしまったことが悔やまれる。 2日続けて出前というわけにもいかない。仕方ない、チャーハンでも作るか。 「あ、おばあちゃんだ!」 玄関の前で母と鉢合わせる。 「おかえり、桜ちゃん、ピアノだったわね」  両親は近所に住んでいて、ひろみとも仲が良い。時々、僕抜きで交流しているようだ。 「お父さんが今日、これでね」 母が魚釣りの真似をする。父の趣味だ。 「ひろみさんに電話したら、たけし、留守番してるっていうじゃない。お父さんと二人じゃ食べきれないから、お刺身と煮物、作ってきたのよ」 ナイスです、母さん! よくぞ釣ってくれました、父さん!  三姉妹を風呂に入れながら考える。 一体、ひろみはどうやってこのスケジュールの中で買い物に行き、晩御飯を作っていたのだろう… これがあと3日も続くのか。 「ひろみは毎日が休みみたいなもんだから…」 数日前に自分が言った言葉が自分に突き刺さる。 『悪魔の火曜日』が終わった。
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