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AM7:30――戦闘、開始。
空になったマグカップを置くや否や、玲士は立ち上がった。ほぼ同時に席を立った弟二人と無言で火花を散らす。……年功序列という言葉を知らないのか、こいつらは。
「士郎、先に着替えてこいよ。そうすれば、俺が先に洗面所を使える」
「ヤだよ。袖口が水で濡れるかもしれないだろ。俺は兄貴たちと違って合理的なの」
弟二人の会話に眉がぴくりと上がる。
洗面所を使うと宣言した二男・竜士は言語道断。三男・士郎の発言も聞き捨てならない。兄貴たちということは、玲士も含まれているということだ。許さん。
「あ、こいつ――」
狭い廊下で揉み合った拍子に、士郎が前に押し出された。小五の末っ子は勝ち誇った笑顔で洗面所に飛びこみ、鏡の前を独占した。
「半分貸せよ。どけ!」
「ヤだよ。竜兄はどんどん陣地を侵略するんだから」
洗面台の前で体をぶつけ合う弟二人の背後に立ち、小さく息を吐く。愚弟二人の襟首をつかむと、ベンチプレスの要領で、力いっぱい腕を後方に引いた。筋トレにおいて、呼吸とリズムは重要だ。
「わ、ん、ぎゃっ」
重なった弟たちの叫びが背後で聞こえたが、構いもせずに身を屈めた。身長183センチの玲士には、標準的日本人向けの家屋は窮屈なしつらえだ。
「暴力反対!」「民主主義に反するぞ!」「弟にも人権を!」わんわんと叫ぶ二つの声を完全無視して歯磨き、整髪を行う。不満の声は大きくなるばかりだが、高校三年生、バスケ部主将の肩書きを持つ長兄に手出しはしてこない。
「うるさいっ!!」
弟たちの糾弾を凌ぐ大声が炸裂し、鈍い音が立て続けに洗面所に響く。松田家を支配する主の登場により、ようやく静かな朝が訪れたのだ。
「玲士、あんたも長男なら、弟たちに見本を示して早起きしなっ。まったく、これなら朝練が廃止されない方が楽だったよ」
言い終わるか否かのところで、横っ腹に母のチョップがめりこんだ。久々の一発は重みがあり、堪らず呻きが漏れた。
怒りに満ちた母の足音が遠ざかると、押し殺した声を背中で捉えた。眼光鋭く振り返ると、弟二人が身を寄せ合い、必死で笑いを堪えていた。
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