紺と臙脂の境界線

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 体力を消耗するだけのモーニングルーティンを終え、三兄弟はまとめて学校へと送り出された。  集団登校の士郎は元気よく班の集合場所へと走り去り、玲士は竜士とともにバス停に並ぶ。……生憎と、同じ私立に通っているのだ。  バスに乗りこめば、二人は「兄弟」から、「同じ中高一貫男子校に通う生徒」になる。自宅最寄りの停車場からは余裕で座れるが、降車する頃には満席状態になるので、やむなく最後列の席に並んで腰かける。互いに素知らぬフリを決めこんで、赤の他人のように、よく似た顔を背けながら。十五分ほどの乗車中、イヤホンで外界を遮断する玲士に対し、弟はすぐに参考書を開く。 (誰に似たんだか)  気に入りのUKロックを聴きながら、勤勉な弟の横顔を眺めて考える。竜士は中等部一の秀才と名高く、高等部にもその噂は届いている。真剣な表情で手元に目を落とす弟の薄い体はまだまだ成長の余地を残しており、今ならば取っ組み合いの喧嘩になっても楽勝だ。 (取っ組み合いなんて……久しくしてねえな)  ドラムの音を堪能しつつ、四歳下の竜士とは喧嘩どころか、最近は会話もろくにしていないことに気がついた。末っ子の士郎は年齢の開きも大きく、喧嘩の相手は務まらない。甘え上手な下の弟は、両親はもちろん、兄二人の機嫌の善し悪しを巧みに感知する世渡り上手な性分でもある。  兄へのちょっかいも甘えも見せなくなった上の弟は、いっちょ前に成長しているらしい。そう思えば、朝の戯れも貴重な交流の時間ではないか。  勝手な解釈をしていると、竜士が迷惑そうな視線を寄こした。 「一年の最後のテストも全教科制覇したわけ?」  久々に構いたくなり、イヤホンを外して問いかける。  即答を予測していたが、竜士は兄弟共通のくっきり二重の瞳で静かに瞬きをした後、無言で首を振った。「現国だけ負けた」  玲士の視線から逃れて景色を眺める弟からは、なんの感情も読み取れない。 「次は、俺が勝つ」  短く付け足された声もまた平淡だ。再びイヤホンを装着し、無敵と思われた弟にも敵が存在することに、軽い驚きと安堵を覚えていた。 (悪くない)  大袈裟な音を立ててバスが停車する。淀みなく乗りこんだ乗客たちが慣れた動きで席を埋めていくのを眺めながら、笑みとはいえない程度に口角を持ち上げた。 (モチベーションを向上させる相手がいるってことは、悪くない)
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