紺と臙脂の境界線

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 たまに校舎で擦れ違えば、ごくごく健全な中学生らしく友人たちと笑い合う弟が、内心では退屈しきっていることを知っていた。 「一位」が連なる成績結果を、ありがたみもなく居間に放置し、生徒会や級長の仕事への不満を述べた後に必ず、「つまんねえ連中ばっか」と吐き捨てる。  家でしか見せない膨れっ面を見るたびに、生きにくそうなヤツだと内心で哀れんだ。 (こいつには、家族以外に素を晒せる相手がいないのか?)  子供の頃からそうだ。  誰が見ても、文句なしの「いい子」。  竜士の外面の良さは、決して手放せない鎧であり武器でもある。鉄壁の鎧で本心を隠し、付け入る隙を与えない完璧さは、素の自分を晒すことを妨げる諸刃の剣である。 (めんどくせーヤツ)  己の弱さを自分の目で直視できなければ成長はない。  だから、俺は黙っているよ。  兄のまわりくどい優しさなど伝わるはずもなく、竜士は首席の座と優等生の武装を固持したまま、中学二年目の春を迎えた。  バスを降車後、言葉を交わすことなく別れた弟との再会はすぐに訪れた。  四月の第二月曜日、中高合同の全体朝礼が校庭にて開かれる。 「なーんもしてないのに下級生たちから注目を集められる貴重な一年の開幕だ! 大学行ったら、また最下層からリスタートだしさぁ。今のうちにこの快感を味わっとこうぜ」 「快感、か? これ」  先頭を歩く玲士の疑問は、後ろの級友たちには届かなかった。  快感かどうかはともかく、異様な光景ではある。朝礼開始五分前、ほぼ整列し終えていた中高の隊列は、玲士たちバスケ部員が中央棟校舎から姿を現した瞬間、波打つように後方へ引いた。平均身長180センチ以上、一部の運動部にだけ認められたチームブルゾン着用の最上級生数人は、下級生たちにすれば、メデューサの次に目を合わせたくない存在だろう。  各学年三クラスとこぢんまり並ぶ中等部の先頭に目をやると、竜士は露骨に顔を背けてみせた。じつに可愛げがない。  玲士の視線にいたいけな中学生たちが恐れ慄く中、身じろぎもせずに、じっと見つめ返す生徒に気がついた。弟の隣に立つ小柄な少年は、随分と明るい髪色で人目を引いた。  紫紺のブルゾンが免罪符のごとく役割を果たして進むうちに、肝の据わった少年の存在など忘れてしまった。
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