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「お前、なんか暗いよ。ソマリちゃんと喧嘩でもした?」
「いえ、べつに」
俺とアイツは喧嘩するような仲じゃないんですよ。玲士に白状したら、楽になるだろうか?
「ならいいけど。そういや、こないだお前のこと褒めてたぞ」
「各務が? 俺を、ですか?」
「うん。『長谷部は思ったことが全部顔に出るし、考えがまとまっていなくても我慢できずにすぐ口にする。シンプルでわかりやすい』、ってさ」
どこが褒めているのだ。
引きつった笑いを返すと拳を固めた。あの野郎は本っ当に……。
「うらやましいってさ」
「え?」
「色んなことを気にして、考えすぎて、がんじ絡めになってる俺とは違う、長谷部のことがうらやましい、って。――あ、俺が喋ったのは内緒な」
ぽんと一つ肩を叩き、玲士は去って行った。校舎に向かって小さくなる背中に、すがる思いで問いかける。
どうしたらいい?
俺に、なにが、できる?
ピーっと集合の笛が鳴る。ジャンパーに任命され、まっさらの頭のままボールを片手に持つ。
瞳を閉じて、大きく息を吸いこんだ。試合終了間際のフリースローに臨むような緊張感に、足が震えそうになる。
二択だ。
できることは、二つ。
でも、選べるのは、一つだけ。
彼のために、俺が、できること。
俺が、選ぶしかない。
「おい」
緩慢に流れる級友たちの群れの中、明るい髪色はすぐに目に留まる。自陣へと向かう途中だった彼は振り返り、まっすぐに長谷部を見据えた。
コートの境界に立ち、二人はしばらく無言で対峙していた。
「さっさと、断ち切れ」
呻きに似た声を上げて、片手でつかんだボールを各務の胸にドンッと突いた。細身の体がぐらつき、驚いた表情で長谷部を見上げている。
「死ね、って思うくらい、嫌なんだろ? 何も知らないくせに、ずかずかとお前の心を踏みにじったアイツのことが。……いつまでも傷ついたままの自分のことが、嫌なんだろ? 違うのか?」
薄い色合いの瞳が大きく見開かれていく。否定も肯定も聞いている暇はない。細い肩をつかんで引き寄せると短く耳打ちし、ぱっと身を離した。
「よーし、始めるぞ! いいか! 先生だからって遠慮するなよ!」
朗らかな声にちくりと胸が痛む。ブートンよ、あなたはたしかに悪人ではない。
(善人でもないけどな)
本当はもう一つ残されていた選択肢が頭をちらついたが、あえて気づかぬふりをして、ボールをつかむ指に力をこめた。
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